コロナ禍にありながら、飲食業界で活発に展開されたのは“ブルワリーパブ”への参入である。ブルワリーパブとはビール醸造所(ブルワリー)と酒場(パブ)が合体したものだ。このブルワリーで生産されるビールはクラフトビールという。クラフトビールが大手メーカーのビールと異なるのは、ビールの香りが高く、種類(これを“スタイル”という)がたくさんあるということ。そこで飲み比べが楽しい。

 

そこで“クラフトビール好き”はたくさん存在して、コミュニティが形成される。コロナ禍前に開催されていた“ビアフェス”に行くと、来場者は20代30代の男女がほとんど。この年齢層の若さが市場としての有望性を物語っている。

では、コロナ禍でありながらブルワリーパブへの参入事例がなぜ増えたのか。筆者はこのように考えている。

 

まず、上記した通りクラフトビールに集まる客層を狙ったこと。クラフトビール好きの年齢層が若く、リピーターとなり、類は友を呼び、店の中にコミュニティが形成されて行く。

次に、事業者自身がクラフトビール好きで、自分でクラフトビールをつくりたいと思っていた。

そして、それを事業再生補助金が可能にしてくれた。ブルワリーを構えるのは大きな投資がかかることから二の足を踏んでいたが、これによって夢を現実できるようになった。

 

活力をもたらしてくれた飲食の道に進む

5月2日、東急田園都市線の高津駅近くにブルワリーパブの「みぞのくち醸造所」がオープンした。大きな総合病院の真裏で、飲食街とは無縁の立地。元NTTのビルをリノベーションした1階にある。この存在感がブルワリーパブならではの目的来店をイメージさせる。敷地27坪で、約半分のスペースに600ℓの発酵・貯蔵タンクを5本設置、月間4000ℓのビールを醸造可能。残りの半分が“マルシェ”となり、クラフトビールと軽食をイートインで楽しみ、またビンやカンのクラフトビール、冷凍ピザ・ソーセージなども販売していて、購入した商品を店内で飲んだり、テイククアウトも可能になっている。使い勝手が多様なショップである。

休日のお昼時、20代~40代のカップルを主に次々とお客が来店する

 

同店を経営するのは株式会社ローカルダイニング(本社/神奈川県川崎市、代表/榊原浩二)。飲食店や通販商品の工場など14の事業所を展開し、うちブルワリーパブを構えた溝の口・武蔵小杉エリアに10事業所を構えている。

 

代表の榊原氏(冒頭写真)の沿革をうかがうと飲食業の世界に真摯に取り組んでいる様子が伝わってくる。生家は静岡県清水市で老舗の日本料理店を営み、兄がそれを継いだ。自分は東京の大学を卒業後、ITの会社に入社。仕事は忙しく、壁にぶつかることも多々あった。そんなときには同期の仲間たちと飲食店で語り合った。榊原氏は「飲食店の存在は自分にとって力になった。飲食店って素晴らしい世界だ」と思うようになり、修業期間を3年間と設定し、飲食業の世界に進むことにした。

タップは13口備えられていて、うち3つのタップでオリジナルビールを提供する

修業先としたのは、まずベンチャー・リンクである。2000年代の前半にフランチャイズビジネスを大きく開拓した会社である。「日々勉強」と野心あふれる先輩・同僚とともに経営の勉強にいそしんだ。次に進んだのがグローバルダイニング。店舗運営のあるべき姿を学んだ。

 

こうして独立したのは2009年のこと。9月に会社を設立し、溝の口に「海鮮大衆割烹 えんがわ」をオープンした。頼りとしたのは、兄が紹介してくれた料理長。そして、榊原氏は事業の基盤をいち早くつくり上げようと急ピッチで出店していった。

 

出店のスタイルは「やりたい人がやりたい店をつくる」。ヒットするコンテンツを狙うということではなく、「私と一緒に仕事をしたいという人が、つくりたいと思った店を一緒につくりましょう」(榊原氏)という感覚で店舗を展開していった。こうして和食、イタリアン、タイ料理と業種を展開。業種が多様になっても「生産者の思いを顧客に伝える」ことを一貫して行ってきた。出店場所は、駅から徒歩5分以内、家賃坪1万5000円以内、間口5m。これを条件に、その他の出店場所へのこだわりは持っていなかった。

コロナ渦で顧客接点を意識する

しかしながら、コロナ禍でローカルダイニングを取り囲む環境が大きく変化した。飲食店は外部の事情から大きく影響を受けるということ。そこで「飲食店とは何か?」を改めて深く考えるようになり、ドミナントでの事業展開とテイクアウトや通販などの新しい顧客接点をつくるという戦略をとってきた。

 

コロナ渦の取り組みの中で強く意識するようになったことは以下3点。

① コンテンツの起点は人であり、技術やこだわりを磨くことで強いコンテンツになること

② つくるものに妥協しない、試行錯誤を重ねながら本当に良いものやサービスを提供することにコミットして、それがお客様への価値となりブランドとなること

③ 飲食店とテイクアウトや通販など、それぞれの顧客接点ごとにこだわりを反映するポイントがあり、顧客接点に合わせたお客様とのコミュニケ―ションをとる必要があること

 

ブルワリーはコロナ渦での大きな取り組みの一つで、最初はブルワリーのみの計画であったが、よりお客に楽しんでもら方法を考えたとき、イートインのスペース、ビンやカン入りのクラフトビール、自社で通販展開している冷凍ピザ・クラフトマンシップをもってつくっているカレー・ソーセージなどを販売する“マルシェ”を併設する構想に広がった。

販売しているクラフトビールの種類。1種類だけソフトドリンクがある

タップは13口が設置されていて、このうち同ブルワリーで製造されている「ノクチビアーズ」が3種類(「ノクチ」とは溝の口の通称)、ほかのブルワリーのものが8種類、そしてソフトドリンクのレモンスカッシュ1種類の12タップが充たされていた(7月18日の様子)。

 

筆者は7月18日、3連休の3日目のお昼どきに同店を訪ねた。20代から40代のカップルが次々と来店してくる。50代の男性一人客。小学生の子ども連れのファミリーもいる。子どもはレモンスカッシュを楽しんでいる。イートインだけではなく、リーチインクーラーからビールを取り出して買い物だけを済ませる40代女性客もいる。それぞれが日常的な光景であった。

ビンやカンに入ったクラフトビール、冷凍ピザなどを販売し買い物だけの利用もできる

 

地域の気風を反映させたビールを目指す

みぞのくち醸造所としては、お客様とコミュニケーションを取り、地域の気風を反映させた「ノクチビアーズ」「ウタウト」「ワラウト」の3ブランドをブラッシュアップしていくと同時に、その時しか飲めないスペシャルなビールを8月からどんどん提案をしていく予定。

「ホットドック(プレーン)」780円、「生ソーセージグリル盛り合わせ(小)」780円など、ビールに合う軽食も充実

 

ローカルダイニングでは自社農園を所有していて、ここで生産された果実を加えたビールの製造も想定。自社製品以外でもクラフトマンシップのある製品を販売したり、生産者とのつながりを深めていく。さらにピザやジュースづくりのワークショップも想定している。

 

同施設の存在意義は、溝の口・武蔵小杉エリアを基盤とする同社にとって、これらの顧客との結びつきを考えていく上で多様なアプローチを図ることができるハブを設けることができたといえるだろう。

 

店舗情報

店舗名 みぞのくち醸造所
エリア 溝の口
URL https://mizonokuchibrewery.com/

運営企業情報

企業名 株式会社ローカルダイニング
URL https://l-dining.com/

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