東京・神田と赤坂見付に「東京オーブン」というバルを3店舗展開している株式会社テンプルボーイという会社がある。代表の渡邉真祐氏とは筆者と大学の同窓という縁で5年前に出会ったのであるが、人懐こい表情が印象的であった。

 

テンプルボーイの社名は、渡邊氏の実家の「お寺」に由来している。お坊さんの家ということで、小さいころからさまざまな人が家を訪ねてきた。これらの人々を渡邉氏の母、祖母がおもてなしをするのであるが、渡邉少年もそのお手伝いをした。すると「あんたは偉いね、このお寺の子かい?」と尋ねられ、「ぼん」と呼ばれるようになった。こうして、渡邉少年は町中の人から可愛がられて育ち、「人に喜ばれることをするのがとてもうれしい」と感じるようになった。これが、飲食業に就くことになった原点である。

株式会社テンプルボーイ、代表取締役の渡邉真祐氏

 

大学卒業後は、中食事業などの会社に勤務し、シェアオフィスの中のカフェで起業した。2011年の東日本大震災の後に岩手県釜石市で被災者支援の活動をした。その過程でここでの多くの生産者と知り合い、「東京オーブン」の骨格ができ上がった。

 

東日本大震災の被害者支援からつながる縁

「東京オーブン」は2012年11月に東京・神田にオープン、南部鉄器を調理機器として使用して、オーブンで焼き上げるダイナミックな料理を提供することで評判を得た。その後本店の近くに「東京オーブンプチ」をオープンして、オーバーフローを吸収するなどドミナント戦略を追求するものと思われた。しかしながら、新橋の飲食ビルの中にある古いバーの物件を紹介され、2015年にこのバーの経営に着手するのであるが、そこで大きな課題とぶつかった。それは「自分たちが得意とするものは何か?」ということだ。

 

それは「東京オーブン」を営む過程で、生産者と出会うことで経験したとても貴重な出来事だった。そして、自分と関わる「お客さま」「生産者」「従業員」「その街」という4者から喜んでいただくことにパワーを費やすことに活かす。それが「テンプルボーイという会社が生きる最大のポイントだ」と考えるようになった。この路線からぶれないようと考え、事業を「東京オーブン」に集中するようになった。

 

生産者との出会いは三陸からはじまったが、宮崎産の豚肉、北海道の牛肉を使っていたりしていて、どこかに特化しているわけではない。その理由を渡邉氏はこう語る。

「想いを持った生産者さんの周りには想いを持った生産者さんが集まっている。ここから新しく想いを持った人と出会っていくということが大事なことです」

例えば、宮崎の豚肉の生産者を訪ねて行った時に、キノコの生産者を紹介してもらい、その熱い想いを伝えたくてキノコのメニューをオンしたり。チキンは岩手県住田町のものを使用しているが、ムール貝の生産の現場を見せてもらったところムール貝の魅力を再び強く認識するようになり、という具合に、意図的ではなくても自然と縁が広がり深まっていくという。

食材は全国各地から「想い」を持った生産者と取引をしている

「方針発表会」を定例化することで「構想」が「形」に

同社では2017年から毎年3月に「方針発表会」を行うようになった。現在の社員は12人であるが、2019年3月の方針発表会でビジョンとして掲げたことは、「2023年度までに既存店3店舗、売上2億円、新店舗5店舗を達成して、4人(お客さま、生産者、従業員、その街)の物心両面の幸せを追求する」ということ。渡邉氏はこう語る。

 

「社員に向けて、なぜこのようなことを述べるのかというと『できていないから』です。それを自分自身でできるようにするために、社員に熱く語るのです」

 

テンプルボーイがこれまでの「方針発表会」の中で明らかにしていることはこのようなことだ。

まず、展開するエリアは東京東エリアのオフィス街で神田から三田のあたり。このように絞り込むことによって、行動しやすく、物件も探しやすくなる。従業員が住むべき場所もはっきりとしてくる。

 

生産者の「物心両面の幸せ」のために、取り扱い金額が月間100万円という生産者を誕生させる。それによってその生産者が、取引先としてのテンプルボーイを将来的に信用できる存在だと認めると、設備投資をするようになる。それによって会社と生産者との関係性がますます深まる。

生産者とつながりをメニューブックでアピールしている

 

従業員の「物心両面の幸せ」のために、あるべき年収に引き上げる。そのためには現状の会社は変化していかなければいけない。効率的な働き方ができるようにして、人時生産性を上げるという取組みをしなければいけない。これも想いを持った生産者と関わるようになってから、具体的な方策について考えるようになった。

ホテルの「朝食運営」が新しい活路を拓く

さて、「東京オーブン」では「方針発表会」を定例化するようになってから、新しい営業のチャンスをつかみ取っている。それは「朝食運営」である。

3号店としてオープンした赤坂見付の店舗は、ホテルの1階。赤坂見付はインバウンドが増えるにつれてホテルも増えていった。そこで、同店ではホテル側から朝食営業を行ってほしいと依頼されて、朝7時から10時までの営業を365日丸2年間行った。

ホテルが増える赤坂にあって朝食営業で定評を集める

 

朝食営業を始めた当初人材が不足して、渡邉氏が毎朝5時に起きてバイクで店に通ったこともあった。このようなことを必死なって行っているうちに、周りのホテルが、このホテルの朝食運営を注目するようになり、「うちのホテルで朝食をやってくれないか?」という依頼を次々といただくようになった。これらの条件は破格のものだ。ホテルは急増しているものの朝食運営の実態はひっ迫した状況にある。

 

そこで同社では、依頼を受けているホテルからの朝食運営をすべて請け負うことができるように現在体制を整えている。これらの飲食施設は休業状態のところもあり、朝食運営を軌道に乗せてから、さらに人員体制を整えて全時間帯の営業を受け持つことができるように交渉していこうと考えている。渡邉氏はこう語る。

 

「物件獲得に真正面に取り組むと、これまで以上の生産性を追求しないといけません。しかしながら、『朝食運営ができる』という切り口からだと、こちらにとってとても有利な条件で用意されている」

「発想の転換」ということだろうか。偶然の産物かもしれないが、困っている人のお役に立つことをこつこつと継続することによって、新しい道が切り開かれた。

 

「ここにも4人(お客さま、生産者、従業員、その街)の物心両面の幸せを追求することが大切なテーマになっている」と渡邉氏は語り、「方針説明会」の重要性を再認識している。

 

「朝食運営」「家賃解決」「外国人活用」の方程式

ホテルの朝食営業を軌道に乗せることができた要因は、採用した外国人スタッフが活躍してくれたことが大きい。当初は「東京オーブン」の営業を夜9時半に終了して、翌朝6時のシフトに備えたが、外国人の従業員がこの6時からのシフトに率先して就いてくれた。

 

また、別の外国人の従業員が昨年11月特定技能1号に合格した。このように外国人従業員のポジティブな行動力を活かしていきたいという。

そこで、特定技能1号に合格した従業員が中心となった外国人従業員の勉強会の開催を検討している。このように、外国人の若者たちのコミュニティを育てていくことによって、これまでにはない可能性が生まれるのではないだろうか。

メニューをかたどった看板が街に溶け込んでいる

現在は、朝食のオペレーションを担当している従業員と、ランチ・ディナーのオペレーションを行っている従業員とシフトを分けている。

朝のシフトは6時から11時。これは「働き方」という点で考えるとてもユニークなことだ。11時に仕事は終了し、昼過ぎにはフリーになる。自分の趣味やキャリアを活かす時間に充てたり、別の仕事をしてもいい。このような雇用を安定させることによって、ニーズは増えていくのではないか。

 

「これからの飲食業は、これまでの形を変えていかないといけない」――これは誰でも考えることだ。

テンプルボーイの場合は、「自分たちの得意とするものは何か」を追求し、それを「方針発表会」で社員と共有化することによって、まさに新しい方向性が見えてきた。「朝食運営」が「家賃解決」をもたらし、「外国人活用」という方程式を自らつかみ取ったのであるが、飲食業の人々がこれを踏襲することによってこの業界の中に新しい環境が生まれることであろう。

店舗情報

店舗名 東京オーブン赤坂見付店
エリア 赤坂見付
URL templeboy.com/

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