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  3. 「独立者輩出」を子会社化につなげ「てっぺんグループ」を目指す

 

「てっぺん」とは今や講演家として活躍している大嶋啓介氏が2004年、東京・自由が丘に創業した居酒屋である。大嶋氏は居酒屋甲子園の創始者となり、居酒屋の世界に新しい潮流を生み出した。それは居酒屋甲子園が理念とする「居酒屋から日本を、世界を元気にする」という言葉に象徴される、人間力があり街の中で圧倒的な存在感を放つというものだ。

 

「てっぺん」では創業してすぐに「夢」や「元気」「輝き」を求める若者たちのコミュニティ的な存在となった。従業員が店の空気に高い熱量を醸し出し、それに引かれたお客さまがお客さまを連れてきた。従業員は「てっぺん」を卒業していき、起業した自分の店で「夢」「元気」「輝き」を発信した。

 

筆者は今年の1月下旬に、株式会社てっぺんの店の一つ「てっぺん 渋谷 女道場」で食事をして、夜9時ごろに帰ろうと思って清算をお願いした。すると担当した女性従業員が筆者に「帰らないでまだ店にいてほしい」という。「なぜ?」と尋ねたら、「お客さまにお見せしたいことがある」という。

しばらくして、それが始まった。店内の照明が消され、カウンター越しのオープンキッチンがステージとなり、スポットライトを浴びた女性従業員の数人が歌って踊るパフォーマンスを行った。途中でお客さまのバースディをお祝いした。あれやこれやで10分が経過してこのイベントは終了したのだが、店の空気は高揚して高いテンションで営業が再開した。

夜9時ごろにテンションの高い店内イベントが行われる

 

フレンチ料理人から転じて「てっぺん」に入社

現在、「てっぺん」の代表取締役社長は和田裕直氏である。和田氏は1987年7月生まれ、長野県上田市の出身。シェフを志して東京・国立のエコール辻調理師専門学校に進み、卒業後、渡仏。フランスの三ツ星レストランで修業して、帰国後は東京・恵比寿のフレンチレストランに入り、同店のシェフであった下野正平氏の独立に伴って下野氏の元で修業を継続する予定であった。

 

ただし、下野氏の店がオープンするまでは3カ月間のブランクがあった。その間和田氏はアルバイトをしていたのだが、友人から「すごい店があるから見せてあげたい」と言われて連れていかれたのが「てっぺん男道場」(現・予祝のてっぺん男道場)であった。

そこで和田氏が体験したことは「感動」であった。「自分はこれまでシェフの方向を見て仕事をしていたが、この店の従業員は常にお客さまを見ている」――そして、和田氏は下野氏に事情を説明し、2010年より「てっぺん」で働くことになった。

株式会社てっぺん、代表取締役社長の和田裕直氏

 

和田氏の調理の技能はたちまち頭角を現して、入社して1年半後に「総料理長」に就任した。

「てっぺん」では、店長が毎年変わるというルールがある。これによってそれぞれにマネジメント能力が育っていくのだが、2013年、2014年ごろより緩やかに既存店の業績が落ちていった。当時の様子を和田氏はこのように振り返る。

「朝礼、バースディ 元気な営業……てっぺんの店とは 売上をここに頼っていたようです。うちの社員に『てっぺんのヒット商品は何か』と尋ねるとみな『人です』と答えました。

ヒット商品とは、何度も試作を繰り返しブラッシュアップするものです。しかしながら、『人』を売り物にしているのにもかかわらず、ここにお金も時間もかけていなかった」

このように経営環境の厳しい中、和田氏は取締役社長に任命された。2017年4月のことである。

 

会議を変えて主体性を尊重した環境をつくる

和田氏は経営改革の指揮を執るに際して最初に行ったことは、全店舗1カ月に1日休業日にしたこと。この日を「てっぺん」の商品である人間力を磨き込む時間に充てた。

この日は大掃除から始まる。大掃除の後に、「目標別達成お弁当」がある。数字に関する会議を一切しないが、前月の売上げ目標を達成しているメンバーと未達成のメンバーで弁当の中身が変わる。目標を達成している人は1200円相当の買い物をしてくる。鮨とか。ピザとか。未達成の人は日の丸弁当。売上げが80万円上振れしていたら、有名焼肉店の弁当とか。それぞれが楽しみながら目標を追いかける仕組みをつくった。

17時オープンに向けて12時前から仕込みを行っている

 

会議の内容は概ねこうだ。4月の会議をするとした場合、「5月に何を行うか」ということだけを話をする。「4月に何を行うか」ということは3月で終わっているから、4月に向けては1カ月ほどの準備期間があるので、十分に準備が充てられる。「5月にどれくらい売りたいか」ということは店長たちが考えて、そのためのアクションを組み立てる。トップダウンの数字は全くない。その売上げ達成に向けて。「自分で決めた数字目標に取り組むことが一番楽しい」(和田氏)という。

 

さて、目標別達成弁当の食事が終わってから理念浸透の時間となる。ここでのハイライトは「自分史プレゼン」。一人ひとりが生まれてからこれまでのことをパワーポイントにして発表する。プレゼンに20分間、フィードバックに40分間かける。フィードバックとは、プレゼンを聞いた社員の一人ひとりが、プレゼンをした人に講評するというものだ。ここではマイナスの話をしない。

 

「これがものすごく効果があった」と和田氏は語る。

「1年に1回店長が変わるのは、店の中がシャッフルすること。そこでチームも変わる。

売上げが高い店でありながらチームワークができていない店がある。しかし、チームワークがよいのに売上が上がらないという店はありません。この『自分史プレゼン』は、チームワークをよくするきっかけをつくりました」

このような経緯も加わって、和田氏が会社を継いだ時の「女道場」(26.5坪50席)は月商680万円だったが、今は平均して1000万円。「男道場」(28坪50席)は750万円だったが1100万円となっている。去年の12月に全店舗が過去最高の売上を達成した。また、7年ぶりに社員旅行を行った。

「てっぺん 渋谷 女道場」の向かいにある「予祝のてっぺん 男道場」

 

店長経験者による「出向事業」でグループ化につなげる

店長が毎年変わる仕組みは、社員と会場にやってきた取引先等オブザーバーの投票によるものだ。毎年12月いっぱいで立候補を募り、1月1日から課題図書、行動目標とか 店長となるためも課題を与えてそれをクリアしていく。今年は4月29日にオブザーバー300人に来場してもらい「店長戦」プレゼンと投票を行う。

 

これからの「てっぺん」は独立者を輩出していくのではなく、「てっぺんグループ」として子会社化を進めてホールディングス的なつながりを形成したいと考えている。

その伏線として店長経験者による「出向事業」の事業化を進めている。店長経験者が出向先の会社で「てっぺん」の「あり方」を表現しながら、その会社の「やり方」を学ぶ。そこで「てっぺん」の屋号で独立して、3年ほど経過して投資回収が終わってから子会社化していこうという構想だ。

 

「てっぺん」は現在3店舗で社員が25人、社員比率は高い。そこで、永続的な就労環境をつくるために店長経験者は自分で出向先を開拓して高い予算を獲得し、それによって自分の給料が上がり、さらに実力を高め、会社に利益をもたらす。

子会社化することの大きなメリットは、店長経験者が会社の給与体制に依存しないということ。子会社がしっかりと利益を上げることで、社長はじめ社員全体の給料が上がっていく。

このような体制に向けてホームページの内容を新しくした。これから1店舗増えて4店舗になり社員100人体制を目指す。OJT型の出向事業を充実させ、社員を厚くして「てっぺん」の連合を強くしていく方針だ。

 

店長、従業員、会社を「可能性」で捉える

最後に、和田氏は社長に任命された時のエピソードを語ってくれた。

会社が経営難になっていた当時に、和田氏を含めて3人の幹部が会社を運営していた。和田氏が社長に任命されたのは、他の二人が独立するというタイミングだった。和田氏は「自分は消去法で社長になったのか」と思い込みながら、創業者の大嶋氏にこのように尋ねた。

「私はどうして社長になったのでしょうか?」

すると大嶋氏はこう切り返した。

「お前はなぜだと思う?」

和田氏はとっさにこのような言葉を言った。

「可能性ですかね?」

大嶋氏は「その通りだ!」という。

「正直、最初からしっかりとできるとは思っていなかった。しかし、お前の可能性にかけてみたかった」

 

このように言われた時に、和田氏は「大将(大嶋氏のこと)は人のことを可能性で見ている。昔も今も全くぶれがない」と思ったという。

それ以来、和田氏の日常の問題意識はこのようになった。

「店長、従業員を可能性で見ているか?」

「会社を可能性で見ているか?」

このように経営者が会社全体に自主性を尊重する姿勢を持つことによって、モチベーションの高い集団が築かれていくのであろう。冒頭で述べた店内イベントはその発露である。

向かい合う「てっぺん」の前でウエーティングが続く

 

店舗情報

店舗名 てっぺん 渋谷 女道場
エリア 渋谷
URL https://teppen.co/

運営企業情報

企業名 株式会社てっぺん
URL https://teppen.co/

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