東京都新宿区荒木町は、花街の風情を残す飲食店街である。荒木町商店会のホームページによると明治時代には「お江戸の箱根」と呼ばれていたという。明治維新までは松平摂津守のお屋敷と木々の緑に囲まれた清らかな滝が流れる池があり、風向明媚な庭園は東京の名所になった。池の周りには池見の茶屋ができて、花見や涼を求める人の賑わいが花街の発展へとつながったという。

この街の北側に位置するのが「青森PR居酒屋 りんごの花」。13.5坪・25席という規模の店内には、壁から天井までいたるところにねぶた祭りや青森の大自然の観光ポスターが張り尽くされている。2011年1月6日にオープンしてそろそろ丸10年を迎える。

筆者は、同店がオープンしたその日に来訪した。居抜き物件を扱っていた知人が「青森郷土料理の店で新年会をやっている」とTwitterに書き込んだのを見て、別に私は呼ばれていないのだが、生まれ故郷の「青森郷土料理」につられて同店を訪ねた。

青森の伝統工芸で店内を彩っている

 

青森のソウルフードでメニューを固める

同店を経営するのは、代表の茂木真奈美氏と店長の小池政晴氏である。二人は前職の食品メーカーで知り合い、青森県出身の茂木氏が「青森の魅力とおいしさを直接伝えたい」という想いを小池氏がバックアップする形でオープンにこぎつけた。

そのきっかけは、それまで茂木氏が人から幾度となくこのようなことを質問されていたことだ。

「青森って何があるんですか。りんごと十和田湖ぐらいしか思い浮かばないけど……」

そのたびに、青森の特産品や観光地の説明をしながら、悲しい想いをしていたという。

また、茂木氏は県外に出たことで、これまで自分が当たり前に食べていたものが、実は青森県の特産品であったり、同じ野菜でも青森県産のものの味が濃いことに気付いた。

食品メーカーに勤務していた当時は、全国各地を訪問し、それぞれの特産品を見て、食べてという機会に恵まれた。多くの県で、地元出身者が県内の特産品を他の地域でPRして知名度アップに努めていることも知った。その経験を重ねるにつれ、青森県の特産品に関してはPRが不足していると感じるようになり、一大消費地の東京で、青森県産のおいしいものを食べていただきたいという思いが募っていった。これらに加え、青森の伝統工芸品も伝えていこうと考えた。

店の立地は「新宿」と「渋谷」を想定した。よく知られた街で、PRの発信がしやすいと考えたからである。そして、それぞれの中心地から1駅ないし2駅程度離れたエリアを想定した。

現在の物件は冒頭で述べた居抜き専門の業者から紹介されたもので、初期投資を抑えてスタートできた。

フードメニューは、青森県民にとってソウルフードといったなじみ深いものをラインアップ。人気メニューとして「八戸前沖さば冷燻(生ハム仕立て)」680円(税別、以下同)、「貝焼き味噌」880円、「青森馬刺し」980円、「海峡サーモンお刺身」780円、「弘前いがめんち」780円、「十和田バラ焼き」980円、「八戸せんべい汁」680円などが挙げられる。

ドリンクメニューは青森の地酒の他に、「ふじ」「王林」「ジョナゴールド」といった「自家製品種ごとのりんごサワー」580円や「青森ごぼう茶ハイ」480円などが特徴的だ。

旬の鮮魚を盛り合わせた「お刺身四点盛合せ」1280円(税別)(8月8日)

 

プチリニューアルによって店の風格が高まる

同店のホームページを見ると、実に内容が豊富だ。店舗情報、お品書きをはじめ、茂木氏と小池氏の詳細なプロフィール、「想い」と題した同店をオープンするに至った経緯もつづられている。ユニークなことに「ネットショップ」を営んでいる。青森の主だった地名を、まさかりのような青森県独特の地形になるようにデザインしたものを、Tシャツ、トレーナー、ポロシャツ、トートバッグ、マグカップ、時計など、さまざまな生活用品で販売している。収益のために店舗展開をしていくのではなく、1店舗主義で重層的な売り方をしていく方針である。

現状、店舗のオペレーションは茂木氏がホール担当、小池氏が厨房担当の二人体制である。

従業員は当初何人かを雇っていたが、ある時期に一斉に辞めるタイミングがあった。またアルバイトを採用したが店舗に出勤してこないというときのショックが大きく、営業中にその心情をお客に察知されることはよくないと考え、現在の体制に収まったという。その分自分たちの労働負荷を軽減するために、自動掃除機や食洗機を導入している。

このたびのコロナ禍では、3月25日の小池百合子都知事の自粛要請があってから客足がパタリと途絶えた。4月7日に緊急事態宣言があり、8日に入っていた予約はキャンセル、以降、休業することにした。営業を再開したのは、緊急事態宣言が解除された翌日の5月26日である。

休業期間中は、店長がYou Tubeの配信や、ネットショップのTシャツのデザインを新しいものにし、茂木氏は書類を作成、ほかは毎日津軽三味線の練習をしていた。

最近のお客の傾向は50代よりも30代の人が増えてきているという

営業再開後には、プチリニューアルを行った。リーチインクーラーを入れたことに伴い、キャッシャー周りを整理した。筆者は同店がオープン以来何度か尋ねているが、年を重ねる中で店の風格が増してきているように感じている。

コロナ禍前と比べると客層が変化しているという。まず、50代のお客が減った。一方で30代のお客が増えた。予約は大人数がなくなり、親友のように仲良し二人組のお客が目立つようになった。客単価は5000円をちょっと超える程度、コロナ禍以前よりも客単価は若干下がっている傾向にあるという。

食材は生産者から届く場合と、道の駅が取りまとめ役になり旬のものをセットにして送ってくれることもある。「青森PR居酒屋」の想いを募らせてオープンした9年前と比べると、物流が劇的によくなっていることを実感している。鮮度がいいことから店に到着して日持ちするようになった。鮮魚は飛行機を使えば、朝どれのものをその日の夕方に提供することができるようになった。

 

プラスの気付きをつづる、1日1「コロナのおかげ」

コロナ禍では、テイクアウトやデリバリーを行う飲食店が増えたが、同店はこれを行っていない。「それよりも『青森PR居酒屋』なのだから、You Tubeで情報発信をしたり、ネットショップを充実させることが私たちらしいのではないか」と茂木氏は語る。

2020年8月3日(月)から8月15日(土)、夏の期間限定企画として「夏休み青森体感ウィーク」を開催した。これはコロナ禍によって青森県への帰省や旅行が自粛ムードになっていることを受けたもので、青森にいる人とオンラインで飲み会をしたり、店内でねぶた祭りなどの青森県内のお祭りをモニターで放映したりして、少しでも青森県に足を踏み入れた気分を味わってもらいたいことから考案したという。

茂木氏は8月1日よりfacebookで「1日1『コロナのおかげ』」を投稿している。コロナ禍をプラスの視点で捉えて、そこでの気付きをつづるというものだ。

8月5日にはこのような投稿を行っている。

「コロナは、ちょっと視点を変えると良いことが沢山あった。自分を見直す時間ができたり、今まで時間が足りなくてできないことができたり、気付くことができなかったことに気付くことができるようになったり。売上を追うことで忘れていることが沢山あることに今回気付くことができた。人間の脳は自分が意識を向けているものしか気付くことができない。良くないことに意識を向けると、良くないことが連続して起きる。逆に良かったことを意識するようになると、どんどん良いスパイラルが起きて、ラッキーなことがどんどん起きる。実際私もこの7・8月、ラッキーなことがどんどん起きている。興味ある人は一緒にやってみない?」(一部、筆者がリライト)

茂木氏の募る「青森愛」と、コロナ禍にあってポジティブな心を保っていく姿勢は、唯一無二の飲食店として同店のファンに浸透していくことであろう。

代表で女将の茂木真奈美氏、「青森」の発信に努めている

店舗情報

店舗名 青森PR居酒屋 りんごの花
エリア 四谷三丁目
URL http://www.ringonohana.com/

運営企業情報

URL http://www.ringonohana.com/

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