飲食店の「看板商品」が一般家庭に入り込む

外食産業の健全な発展に寄与する報道集団として発足した外食産業記者会によって毎年決定される「外食アワード」。その「2019年」で、イートアンド株式会社の文野直樹氏が受賞した。表彰理由は以下のようなことだ。

――中華食堂「大阪王将」などの外食事業と量販店などで冷凍餃子を販売する食品販売事業の両輪で事業を拡大。外食事業と食品事業が互いに相乗効果を発揮する唯一無二のビジネスモデルを創り上げた。フルライン型フードメーカーとして成長を続け、2019年3月期の売上高比率は市販用売上高51%、外食売上高49%となった。19年9月には創業50周年を迎え、同年11月には最新鋭設備を整えた新関東工場を群馬県に竣工した。――

 

同社は〝まち中華″の業態をチューン化しているが、一方で冷凍餃子をはじめとした点心類も製造販売していて、この部門の売上が〝まち中華″を超えたということである。外食企業として事業展開してきたところ中食と両輪の企業となった。

これは「餃子」を看板商品として育て上げたことによって、単独で一般家庭に入り込む力をつけた事例として大いに称えられることだ。外食、中食ともにプラスの影響をもたらし、経営を安定させる。

季節に応じてブラッシュアップを重ねていることをアピールしている

エー・ピーカンパニーの「APファンマーケティング構想」

さて、この度の新型コロナ禍は飲食業に大きな気付きをもたらした。それは「店内飲食」以外の売り方、売り物をつくる必要性がある、ということだ。テイクアウト商品の開発にいそしみ、業者便によってデリバリーを行い、そしてEC(通信販売)に挑むところが増えた。

『e店舗media』でも数々の事例を紹介してきた。

まず、大手企業の事例としてエー・ピーカンパニーが試みたことを挙げてみる。

・4月14日から、食材を宅配(Oisixと共同で食品宅配サービスを提供)

・4月15日から、自社通信販売開始(コロナ禍休業による余剰食材を販売)

・4月23日から、おつまみの自社通信販売「家飲み便」受注開始

・5月22日から「家飲み便」のエリアを拡大

このようにECで扱う商品は、食材から調理加工品へと高度なものになっていった。

これらのECが進化していく方向性として、同社代表の米山久氏は「APファンマーケティング構想」と語っていた。

ECの経験を積むに従って商品が高度なものになっていった

エー・ピーカンパニーは主要業態である「塚田農場」の成り立ちから「生販直結モデル(※1)」をつくり上げている。これは「ありきたりじゃない新・外食」を求めて有力な食材を探していた米山氏が、2003年に宮崎県日南市の地鶏「みやざき地頭鶏(じとっこ)」と巡り合ったことに端を発する。この地鶏は増体率が高く、適度な歯ごたえがあり旨味があることが大きな特徴で、主要食材として育てていくために、現地の生産者と協調して拠点をつくり、東京をはじめとした「塚田農場」に届けるという仕組みをつくった。

このストーリーは接客スタッフに商品に対する自信を植え付け、お客を熱烈なファンとして取り込んだ。

※1:生販直結モデルについて詳しくはこちら→特別インタビュー:株式会社エー・ピーカンパニー 代表取締役、米山久氏。「コロナ禍に打ち勝つわが社の施策」前編

 

新型コロナ禍で「塚田農場」は休業したが、「塚田農場」のファンはその商品を熱望し、エー・ピーカンパニーのECは大いに歓迎された。これらの手応えから米山氏の「APファンマーケティング構想(※2)」は温められていったのである。

※2:「APファンマーケティング構想」について詳しくはこちら→特別インタビュー:株式会社エー・ピーカンパニー 代表取締役、米山久氏。「コロナ禍に打ち勝つわが社の施策」後編

 

「看板商品」のECが「店に行きたい」と思わせる

次に、カジュアルイタリアンの「TOSCANA(トスカーナ)」や、居酒屋の「東京MEAT酒場」という飲食店13店舗(うち、のれん分け2店)を展開しているイタリアンイノベーションクッチーナの場合。同社では1992年の創業以来ミートソースのパスタが人気で、リピーターの一言から「日本一おいしいミートソース」という商品名ができあがった。これをテイクアウト商品としての望むお客が増えていき、パスタと一緒に袋に詰めた商品を注文があるごとにつくっていた。

「テイクアウト商品を営業中につくるのは面倒なことだろう」ということから、代表の四家公明氏が考えたことは「日本一おいしいミートソース」を瓶詰にして販売すること。

このようなことで思案しているうちに新型コロナ禍が起きた。四家氏はこの商品の完成に力を注ぎ、無化調で常温でも賞味期限が1年間の商品をつくり上げた。四家氏を取材したのは6月23日であったがこの時点で瓶詰は980本販売していた。この瓶詰商品は3人前のミートソースが入っていて1瓶1600円となっている。さらに、レトルトパック商品も開発して、食品スーパーに販路を開拓する段階であった。

この商品を購入したお客はFacebookで「日本一おいしいミートソースが家にいながら食べることができた」と絶賛していた。そして「また、お店に行くのが楽しみです」と結んでいた。

※株式会社イタリアンイノベーションクッチーナ代表取締役社長四家公明氏のインタビューはこちら→名物メニューを外販商品化して、お客との信頼を強くする

「お中元」などのキャンペーン商品に成長している

 

前回の9月7日に紹介した東京・東銀座の「ごち惣家」の場合。同店は4月4日から休業したが、その直前に新型コロナ禍対策の相談を大手企業でEC開発に携わった常連客に相談したところ、ECに着手することになった。Facebook上で賛同者を募り、ネットショップの「MIRAI便」を立ち上げた。同時に自社のECサイト「おウチでごち惣家」を5月上旬に立ち上げた。

「ごち惣家」のEC商品も無化調で、オーダーが入ってから店内で製造し賞味期限は6日間に設定、クール宅急便で届けている。「MIRAI便」では3000円、4500円などの詰め合わせ、「おウチでごち惣家」ではこれらをばら売りしている。販売を開始した5月に130万円を売り上げた。これは「お店に行きたくても、休業中なので行くことができない」という常連客によるまとめ買いが要因のようだ。クール便を注文するお客の8割は既存顧客ないし知人関係という。店が再開してからの6月は30万円、7月は20万円あたりとなっている。

「ごち惣家」店主の布施知浩氏は、「以前より店内営業の他に、もう一つ売り方を持つべきだと考えていたが、新型コロナ禍によってそれが実現できた」と語る。また、ECを開拓するにあたり、その仕組みづくりや許認可の方法、それに伴う衛生管理の徹底など、これらの緻密なフローをFacebook上で公開した。布施氏自身にとって大きな学びの機会になったと同時に、飲食業界にとっては偉大なる財産である。

※「ごち惣家」を運営する株式会社登龍 代表布施知浩氏のインタビューはこちら→コロナ禍で「飲食店がWEB販売するためのガイドライン」を公開

「にんじんのドレッシング」をはじめ得意な商品をECにした

飲食業はECを持つことで強くなる

新型コロナ禍が鎮まる可能性はあるが、これからは新型コロナと同居して暮らす「ウィズ・コロナ」となっていく。ここで紹介した飲食業のECの取組みはいずれも新型コロナ禍で形になったものである。これから店の売り方が元に戻るか否かを論じる前に、飲食業は新しい売り方をつくり上げる必要があるのではないか。

これらの3事例からキーワードを注目すると「ファン」「無化調」「店に行くのが楽しみ」「衛生管理」といったものが挙げられる。ECをビジネスとして定着させるために、商品の中に化学調味料や防腐剤を入れるというのは本末転倒である。飲食店のEC商品を求めるお客は、その飲食店に対する「信頼」を確認しているのである。EC商品は必ずやお客と店の絆を強くして、リアルに店を訪ねるときの感動を深くするであろう。これは食品メーカーの商品にはありえない、飲食店ならではのECである。

新着記事

新着動画

物件を探す

カテゴリーメニュー

メインメニュー