JR御徒町駅の南口近くに「羊香味坊」(ヤンシャンアジボウ)と「老酒舗」(ロウシュホ)という店が50mほどの近距離にある。中国の古い街から大衆飲食店を移設したような佇まいだ。前者はラム肉を使用した中国東北地方の料理に特化した店、後者は1980年代まで北京にたくさん存在した大衆酒場のおつまみを再現した店である。どちらも店に入ると従業員同士の会話で「ネイティブ」を感じさせる中国語が飛び交っている。一瞬、中国の現地にワープしたのかと錯覚するほどだ。それぞれ、日本人向けにアレンジした料理ではなく、本国そのまま妥協のない味付けだ。初めて体験してこの食味と空気感に魅入られると、ヘビーなリピーターになってしまう。

 

これらの店を経営するのは「味坊集団」で、他に神田、湯島、三軒茶屋などでコンセプトは異なりながらも同じ趣の飲食店を展開している。

JR御徒町駅南口のガード下にある「老酒舗」。本国そのものの雰囲気が別世界を感じさせる

 

東京・竹ノ塚から神田に移転して「羊肉の聖地」となる

経営者は梁宝璋氏。1963年5月生まれで、中華人民共和国、黒竜江省のチチハル出身である。梁氏は中国で画家をしていたが、残留孤児である母が日本に帰国したことがきっかけで1995年に兄の家族と一緒に二家族で日本にやってきた。その2年後には東京・竹ノ塚で10席ほどの中華料理店を夫婦で営むようになった。

 

この店は地元の常連客より大層愛されていた。梁氏はもっと人通りの多い場所で商売をしたいと思っていたところ、その中の一人からJR神田駅近くのガードに沿った物件を紹介された。オープンは2000年1月、それが今日の味坊集団の始まりである。最初は15坪2階建ての物件で、隣の物件も借りて、現在神田では70坪の規模の中で3店舗を営んでいる。

 

梁氏の母は料理上手で、梁氏には母の料理の味覚が記憶として強烈に残っている。そして中国東北地方の現地の料理を日本で広げようと、飲食店の経営に情熱を傾けてきた。

 

中国東北地方の「肉」と言えばほぼ羊肉のことで、現地の料理をそのままに表現している神田の「味坊」の店は羊肉好きの間では「聖地」とされてにぎわっていた。

 

味坊集団が御徒町にやってきたのは2016年に「羊香味坊」を出店したことに始まり、2018年に「老酒舗」を出店した。現地の大衆飲食店を再現した佇まいは、梁氏の画家としてのセンスがいかんなく発揮されている。

 

顧客の大半は情報に鋭敏な若い女性

「味坊」の店で共通する定番料理は「羊肉串」である。

「羊香味坊」のメニューでそれを紹介すると、「ラムショルダー」(塩またはタレ)2本360円、「ラムショルダー・キノコ」(同)2本360円、「ラムレバ網油包み」(塩)2本400円、「ラムランプ・長芋」(塩またはタレ)2本500円、「ラムネック」(山椒醤油)2本500円、「ラム串5本セット」(上記の羊串各1本)1000円となっている。

5種類のラム串を1本ずつ一皿に盛り付けた「味坊」の定番人気メニュー
厨房では従業員同士のネイティブな中国語が飛び交っている

羊肉串は中国東北地方でよく食べられている料理で、日本の焼鳥のような感覚とのこと。同店での味付けは現地のままで、羊肉にクミン、一味、イリゴマで味付けをしている。

 

これらがメインに位置づけられて、前菜、点心、炒め物、蒸し物・煮物、ご飯物と全部で60品目がラインアップされている。現在経営している5店舗では、常に積極的に商品開発が行われている。梁氏は23年間日本で料理づくりを重ねていることから経験値は高くなり、各店の料理人と相談しながらつくるレシピは5店舗で500を超えているという。各店の客単価は概ね3000~4000円となっている。

 

「羊香味坊」は羊肉をメインとした現地料理を提供するだけではなく、自然派ワインの品ぞろえを豊富にしている。客席スペースの片隅にこれらのボトルをいっぱいに詰め込んだリーチインクーラーが置かれており、お客は自分でこの中から好みのワインを選び取って従業員に申告するという仕組みだ。

 

同店の1階は二十数席のスペースだが、店内はずっと満席で8割方が20代、30代の情報に鋭敏な女性客だ。また、同店は平日11時30分オープンで23時までクローズなしで営業して、休日はない。土日祝は13時オープンで昼時からお酒を楽しんでいる人が多い。

 

EC事業の計画がコロナ禍で本格的に始動

味坊集団ではEC(通信販売)を積極的に行っている。

同社ではECの事業化を見据えて、2018年に足立区一ツ家に5階建て計200坪のビルを入手、EC商品をつくる仕組みが2019年末に出来上がった。そこで、2020年に入ってからECに着手しようとしていたところ今回のコロナ禍となり、本格的に取り組むことが前倒しとなった。

 

この施設は「味坊工房」と名付けられ、現在のフロア構成は、1階が食材・食品の冷蔵・冷凍保管、2階が惣菜製造場および宴会スペース、3階が麺類製造場、4階が食肉加工場、5階が倉庫となっている。

 

現状、製造可能な商品はラム肉を使用した人気の「焼き餃子」「水餃子」の他、「コロッケ」「ハンバーグ」「焼売」「春巻」「生ソーセージ」、「ラム脂のラー油」「中国風全般の漬物」などがある。生産能力は冷凍焼き餃子1日1万個、冷凍水餃子は1日5000個、無化調で熟練の職人数人で集中して調理を行っている。

ここで製造した商品は個人向けのECだけではなく、飲食店・小売・流通各企業への食材販売も想定している。

 

また、同社では民間団体の活動を応援するスタンスで味坊工房がその一翼を担っている。その最初の取組みとして羊齧(ひつじかじり)協会(中央委員会主席/菊地一弘)の商品開発が行われている。同協会によると、羊肉とは世界各国で愛される「ご馳走肉」であり、宗教的民族的制約が少ないグローバルな食肉であるという。そこで同協会は、消費者主導で羊肉文化を日本に定着させ、どこでも羊肉料理を楽しむことのできる環境の構築を目指している。

シンプルな内装も本国そのままの雰囲気を醸し出している

梁氏の人柄が「羊肉」の可能性を広げる

味坊集団の事業には「ラム肉」の存在感が大きいが、これは梁氏の中国東北地方時代の体験に加えて、「LAMBASSADOR」(ラムバサダー)に就任したことも要因の一つとなっている。

 

ラムバサダーとは、「MLA」(Meat & Livestock Australia)というオーストラリアの羊肉生産者たちの出資によってオージー・ラムのマーケティングやプロモーションを行っている団体が存在し、MLAが日本市場で羊肉市場をさらに盛り上げるために「オージー・ラムPR大使」としてさまざまなジャンルの食のプロフェッショナルたちをLAMB+AMBASSADOR=LAMBASSADORとして任命しているものだ。現在は20人を超えるメンバーで構成されている。彼らはプロ向けのワークショップや消費者イベントなどを行い、SNSを通じて羊肉やオージー・ラムの魅力を日本全国に発信している。現在はコロナ禍で休止しているが、2015年から羊肉やオージー・ラムをアピールするイベントを例年十数回開催してきた。

 

梁氏はラムバサダーに就任したことをきっかけに「羊香味坊」をオープンした。そして、「味坊工房」の構想にもつながっていった。

 

最近では、サイゼリヤが昨年暮れにラム串のキャンペーン商品として販売したところ大ヒットしたことからグランドメニューに定着するようになったほか、新業態としてジンギスカンの店を立ち上げる外食企業の事例が散見されるなど、羊肉に注目が集まっているが、ラムバサダーの熱心な活動が羊肉を新しい有力な商材として押し上げていると言えそうだ。

 

梁氏の人柄には温厚さが漂っている。時折、羊香味坊のフロアにいて、それぞれのお客に親し気な表情で語り掛ける。必然、たくさんの人々やアイデアが梁氏のもとに集まってきて、羊肉を巡るコミュニティが出来上がっている。梁氏の人柄によって、食ビジネスとしての「羊肉」の可能性が広がっていると感じられた。

味坊集団の代表、梁宝璋氏。その温厚な人柄はたくさんの人から愛されている

 

店舗情報

店舗名 羊香味坊
エリア 御徒町
URL http://www.ajibo.jp/

運営企業情報

企業名 味坊集団
URL http://www.ajibo.jp/