学生時代から高田馬場になじみの深い筆者にとって、高田馬場の飲食店はラーメン、定食、大衆居酒屋という具合に日常的な店が多いものと思っていた。JR高田馬場駅の裏手に伸びる「さかえ通り」がその象徴で、ここでの店の移り変わりが時代のトレンドを示している。大衆居酒屋チェーンではいつも新興勢力が存在感を放っている。

 

高田馬場の飲食店事情が変化したのはここ3~4年である。飲食店街はさかえ通りだけではなくさまざまな路地裏に形成されていった。そして客単価5000円程度の、鮮魚や手間暇かけた肉料理の店が増えていった。

 

そのきっかけとなったのは、高田馬場より新大久保方面に2016年3月に竣工した住友不動産新宿ガーデンタワーと言えるだろう。地下2階、地上37階建て、住宅363戸の他に、丸紅、JR東日本、オリックスなど大手企業の系列会社が入居した。

 

このタイミングで2016年2月、高田馬場にオープンしたのが〝青森の魚と地酒″を冠した「青森の魚と地酒 漁介」(以下、「漁介」)である。同店は株式会社Lime Right(本社/東京都新宿区、代表/野中涼介)の経営で、代表を務める野中涼介氏の独立1号店である。

 

上昇する客単価を低価格の「飲み放題」で抑える

野中氏は1981年7月生まれ、青森県むつ市大畑町出身。大衆居酒屋チェーンの神様と言われた石井誠二氏(つぼ八創業者)が代表を務める八百八町に入社。新宿・池袋といった都心部の店舗を担当し、すぐに店長を任された。ほどなくして同社はsubLimeによってM&Aされた。独立の機をうかがっていた野中氏は、それまで10年間住んでいて土地勘のある高田馬場で独立開業の店舗を探すようになった。この「漁介」の物件は友人から紹介された20坪2階建てで、見に行って即決した。ここに100席を配して、店名の冠通りに〝青森の魚と地酒″を提供する店を開業した。

2016年2月にオープンした独立1号店の「漁介」

開業前に想定していた客単価は4000円強であったが、オープンしてすぐに6000~7000円のレベルになった。想定していた顧客は30代後半から60代で銘酒を好み、クオリティの高い食材をきちんと評価してくれる客層ということだったが、それがずばり的中した。さらに、前述のビルのオフィスワーカーが顧客となったことも客単価が上がった要因として挙げられる。

 

しかしながら、この客単価が継続すると顧客が定着しないと判断した野中氏は客単価を下げる施策をとった。

「790円(税込)飲み放題、60分」によって客単価を抑えて、親しみやすくしている

それが「飲み放題、790円、60分」(税込)である。生ビール、ハイボール、サワー、焼酎の他に青森の地酒17品目も含まれている。この中には「田酒」「陸奥八仙」「豊盃」といった人気銘柄も含まれていることから、地酒ファンとしては感動的なお値打ちセットだ。これをオーダーする条件は、料理を2品注文することと、延長する場合も60分790円ということ。

 

野中氏は、郷土の食材、地酒に誇りを抱き、豊富に品をそろえ、イベントを熱心に行っている。品ぞろえでは青森の地酒を象徴する「田酒」のメーカーである西田酒造店の全銘柄15品目をラインアップしていて、これを目当てに来店するファンも多い。

 

近接する3店舗がそれぞれのファンを培う

また、日本酒会を熱心に開催している。

第1回は2017年2月、「陸奥八仙」の八戸酒造を招いて実施した。開催の告知はFacebookで行った。160人ほどの応募があり、2部制で開催した。料金は7000円で、料理は10種類ほどのコース、日本酒は飲み放題とした。普通酒から大吟醸酒、そして当日しか飲むことができない貴重な酒を用意する。以来、同社には重要な場面での協力を仰いでいる。

 

2号店は2017年10月、同じ高田馬場に「青森の肉と魚 やだらめぇ」(以下、「やだらめぇ」)をオープンした。この店名の意味は「ものすごくおいしい」ということ。同店は、「漁介」からは早稲田通りを挟んだ反対側の路地裏にあり、ここも近年飲食店が集まるゾーンとなっている。野中氏も当初からこのゾーンのことを注目していたが、なかなか物件が出てこなかったという。

 

ある時、懇意にしている不動産業者が現在の物件を紹介してくれた。元アパートで7~8年間放置されていた。どうしようかと悩んでいたところ、社員の全員が「やろう」という気運になって背中を押された形で出店することにした。建物の骨組みを残し、補強してつくり直した。これらと保証金を含めて2800万円程度を投じた。この結果、居抜き店舗にはない清潔感が漂い、客単価4200円で現在同社の中では稼ぎ頭となっている。

 

「やだらめぇ」は18坪の2層づくりで70席、同時期に近くに博多ラーメンの店を開業した。ラーメン単品を売るのではなく、つまみとお酒で居酒屋づかいをして、〆でラーメンを食べるという店だ。「漁介」の料理は魚がメインだが、「やだらめぇ」は肉料理がメイン、また博多ラーメンの店も居酒屋であるが二つの店とは趣が異なっている。それぞれの店にファンがついていて、三者三様差別化されている。

「やだらめぇ」は肉料理がメインで既存店と差別化

青森の16の蔵元の地酒100本以上の陳列が圧巻

さて、同社ではこの8月に4店目となる「郷土酒肴 あおもり屋」(以下、「あおもり屋」)を池袋にオープンした。池袋西口の歓楽街のロマンス通りに至近で、池袋駅西口から徒歩1分という距離だ。地下1階、2階の店舗で60坪、1階の店頭では大型ねぶたの頭部が飾られていてよく目立ち「青森郷土料理」の店であることが伝わる。

 

高田馬場の博多ラーメンの店を除いて同社の店は比較的大型である。これは野中氏の「チャンスロスを出したくない」という方針に基づくものだ。

 

この物件を契約したのは2月のことで、新型コロナウイルスによって世の中がざわめくようになったころだ。野中氏は契約を止めることも検討したが、契約破棄のコストは大きい。オープンを決行するべきか悩んでいる中で、貸主もフリーレントを伸ばしてくれた。野中氏もこの先の1年間、新しい挑戦をすることを覚悟してオープンに挑んだ。

 

前述の「漁介」の営業内容で青森の地酒にこだわりがあることを述べたが、「あおもり屋」はその集大成と言える。地下1階はコの字型のカウンター席とテーブル席で構成されていて、このフロアの一面にリーチインクーラーが置かれ100本以上の一升瓶がずらりと収められている。これらはすべて青森産のもので、青森全体で19あるうち16の蔵元と取引をしている。

 

これも「漁介」と同様に「飲み放題、790円、60分」で提供していて、「青森の銘酒が手頃な価格で飲める」ということがよく知られるようになった。この売り方によって数多くそろえた日本酒が回転するようになっている。

 

名物料理として「青森八寸・全種盛り」(1290円)を打ち出している。ほとんどが青森県産の食材で、店内にて手づくりした小鉢料理を集めたもの。飲み放題メニューとのカップリングとして定番となっている。また、「あおもり屋名物『スルメイカのガッパリ焼き』」(890円)も推している。これはイカワタでつくったソースでイカを小鍋焼きにして、残ったスープにバタ―ライスを入れて「イカワタリゾット」を楽しむというものだ。郷土料理の野趣に創作性を融合させている。これらで客単価は5200~5500円となっている。

「青森八寸・全種盛り」1290円が看板商品として定着

食事の価値が分かる中高年の客層が定着

野中氏はこう語る。

「私は青森出身以外の人に、もっと青森の良さを知っていただこうと考えて仕事をしている。青森から産直で仕入れている食材はとても品質が高く、それを『青森郷土料理』で提供することで付加価値が高まります。このようなことをお客様に楽しんでいただくためにも飲み放題790円は有効に機能していると思います」

 

営業時間は平日の場合ランチとディナーの間にクローズタイムがあるが、土日祝では11時30分にオープンして通しで営業している。土日祝の夕方17時ごろには、青森の関係者と思われる中高年がゆっくりと食事をしながら談笑している光景が見られる。このように食事の価値を理解している客層が目的来店していることは、今後多くの人々に知られていくことであろう。

 

野中氏は、同社が得意とする日本酒会で日本酒の作り手と消費者をつなぐ活動を盛んに行いながら、これまで培ってきた路線をより深いものとして育てていこうと考えている。

青森の16蔵元の日本酒100本以上が入ったリーチインクーラーが圧巻

店舗情報

店舗名 あおもり屋
エリア 池袋
URL https://akr8847658195.owst.jp/

運営企業情報

企業名 株式会社Lime Right