1990年代の半ばから2010年あたりまでの約15年間、株式会社ちゃんとフードサービスという飲食企業が存在した。同社を率いたのは岡田賢一郎氏。1965年1月生まれ、大阪出身。筆者は外食の記者として岡田氏の取材を続けていたが、岡田氏には火の玉のような熱さがあった。

 

2011年2月に民事再生法の適用を申請

―1997年、29歳の僕は当時飛ぶ鳥を落とす勢いにあった大阪の居酒屋『ちゃんと。』を知った。それまでの居酒屋は、昔からあるベタな店か小ぎれいにまとまった大衆居酒屋チェーンという傾向にあったが、『ちゃんと。』はお客さんも働いている人も若い人ばかりでお店が発散するパワーがすごかった。――

 

――ウエーティングは当たり前。お店がダブルブッキングしても、4人席に16人を詰め込んでも許されるといったノリがあった。お会計を済ませたお客さんにお店の前であいさつをした後、ダッシュでお店のビルの下まで行き、再度お客さんにあいさつをしてお客さんを驚かす、と言ったことも当たり前にやっていた。――

 

これは飲食店プロデューサーで、2020年8月にオープンした「渋谷横丁」をつくった人物として注目されている浜倉好宣氏の自著『僕は人も街も再生する酒場のプロデューサー』に書かれてある「ちゃんと。」の様子である。動画で見せたいところだが、店の中に破天荒な雰囲気があった。この空気感に魅かれた浜倉氏は岡田氏の下で働いた。

 

同店を展開する株式会社ちゃんとフードサービスの業態はさらに「熱烈食堂」「橙家」「Ken‘s Dining」などへ広がっていった。しかしながら、同社は2011年2月に約31億円の負債を抱えて民事再生法の適用を申請した。最盛期は店数65、年商は77億円に達していた。

 

盟友の支えによって「料理人」として復活

その岡田氏が再び世に現れたのは2015年12月、東京・西麻布にオープンした和牛ラボ・和牛レストランをコンセプトとする店のシェフに着任したことである。これは盟友であり、ちゃんとフードサービスの副社長を務めた井上盛夫氏がサポートしたものである。井上氏は岡田氏のことをトップに置いた『月刊食堂』2017年12月号の特集「失敗と再起に学ぶ」で、岡田氏のことをこのように称していた。「まるでデタラメ、でも天才。そういう男です」――盟友だからこその粗削りの表現だが、筆者は、岡田氏のことを飲食業の神様が授けてくれた存在だと思っている。この店はたちまちにして予約が取りにくい店となり、世界中から顧客が訪れるようになった。

部下を思いやる懐の深い風格が漂う

岡田氏は独立し、2021年2月14日、東京・麻布十番に「肉割烹 岡田前」をオープンした。30坪の店の中に二つのコーナーを設けて16席を配し、店名通り「岡田前」で料理を提供する。

 

「岡田前」とは前職当時に自然と生まれた言葉であった。オープンキッチンのその最前線で仕事をしている岡田氏を目の前にすることができるカウンター席を「岡田前」と呼ぶようになった。筆者も誰かに教わったわけではなく、電話で予約をする時に「岡田前をお願いします」と言っていた。この呼び方が麻布十番の店名になったのは必然というものだ。岡田氏の人格は顧客から大いに愛されて、顧客が新しい顧客を連れてきてその輪が広がっていった。

 

お客様から愛される様子が「親方」としての姿

岡田氏は前職での5年間を振り返りこのように語る。

 

「キッチンの中のスタッフは、お客様からご注文をいただいたら『イエス』と言います。お客様と会話をするのはシェフの僕だけです。スタッフは僕とお客様が会話をしている様子をじっと見ていて『かっこいい』と思うわけです。お店にはお客様がたくさんやって来られて、お客様から『岡田さん、岡田さん』と声を掛けられて、このような瞬間に『自分は親方だ』と思っていました」

 

「お前たち、独立うんぬんはいいけども、やっぱりやらなければいけないことはお客様を持つこと。これが一番大事なことで、これがないとこれからお店はやっていけないよ。お客様から『あの店に行こう』と、明確に思ってもらう。お客様との受け答え、振る舞い、これが大事なんです。こんなことを私は、親方として見せることができたのではないかと思っています」

 

さて、外食企業経営者として活動したことを、どのように生かしていこうと考えているのだろうか。

 

「会社がどんどん大きくなっていって、〇〇部とか組織をつくっていきました。これは絶対必要なことだと思っていましたが、大きくなればなるほどお金がかかる仕事になっていきました。自分は組織で働くよりも、先頭に立ったほうが絶対にいいと考えるようになりました」

「岡田賢一郎」という個人が顧客と向き合う

「今回、岡田前を出店するにあたって、僕にお金を貸してくださった方もいらっしゃいます。僕の過去のことも含めて、僕のことを理解してくださっています。一回失敗した人は二度と失敗をしません。これだけは絶対に言えます。なぜかというと、僕は失敗したときのもっともっと前にある起源のことを分かっているからです。ここをやっちゃったから駄目になったんだということ。それは全部自分の責任ですから、周りの人には言っていません」

包丁仕事に集中し、時には顧客に気さくに語り掛ける

「人生を振り返ってみたときに、ふがいないことがたくさんありました。そんな過去は時間が過ぎると全て消え去るものなのかというとそうではないわけです。自分に落とし前をつけないといけないと考えました。法人としての『ちゃんと。』の岡田賢一郎は社会的になくなったのですが、個人としての岡田賢一郎は存在する。個人というものには重みがものすごくある。岡田賢一郎を応援してくださった方々はたくさんいたのですが、僕はこの人たちを裏切ってしまったわけです。しかし、今再びお付き合いをしてくださるわけです。こんな中において、やはりお返ししないといけないという想いですね。これが僕の落とし前です」

 

筆者は正式なオープン日の前、テストランに充てられた日に同店を訪れた。1万8000円(税、サービス料別)のコースメニューは全11品目、蛤のコンソメフランから始まり、うにやキャビアといった海の幸に、松阪牛、神戸牛といったブランド牛の刺身(生食のライセンスあり)や炭窯焼きステーキで構成されていた。

 

顧客は皆、岡田氏をこよなく愛している人たちだ。一品一品のクオリティを称える一方で忌憚(きたん)ない意見も述べる。それを岡田氏は謙虚に受け止める。料理人と顧客との信頼関係が感じ取られる情景があった。食事を終えた顧客は次々と次回来店の予約をしていく。

 

厨房の中で手際よく肉をさばき、真摯に料理をつくりながら顧客の一人一人に気さくに語り掛けていく岡田氏の姿を見ていて「天職」を感じ取った。

 

*予約はこちらから→https://omakase.in/ja/r/vl330475

料理へのひたむきな姿勢があらゆる人から愛されている

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店舗情報

店舗名 肉割烹 岡田前
エリア 麻布十番
URL http://okadamae.jp/

運営企業情報

企業名 肉割烹 岡田前
URL http://okadamae.jp/