
サントリーグループの外食企業である株式会社ダイナック(本社/東京都港区、代表/田中政明=冒頭写真)は、さる6月22日に同社の新業態となる「酒場 ダルマ」と「感動ボブン」を東京・JR神田駅近くにオープンした。
酒場 ダルマはいわゆる大衆酒場で昼飲みも夜に食事もできる。感動ボブンで提供している「ボブン」はベトナムの麺料理がフランスに渡りB級グルメの汁なし麺として定着しているもの。これらの店は元々同社の店舗を二つに分けたもので、店舗規模は前者が48坪・94席、後者が17坪・38席となっている。

今回このような新業態開発を行うことになったのは、コロナ禍で同社のビジネスモデルに変化が迫られたからである。
同社ではこれまで、ホワイトカラー、ビジネスパーソン、男性客で比較的に高い年齢層を顧客とし、団体の宴会を得意としていた。同社売上の40%をこれらの需要が占めていた。しかしながら、コロナ禍となり同社の顧客はリモート勤務が増えて、これらの宴会需要がほとんどなくなった。
同社では170の店舗を擁していて、コロナ禍以前より筋肉質の体質づくりを進めていたが、コロナ禍でそれが加速して店舗数は130となった。
そこで、「宴会に依存しない業態をつくること」が本プロジェクトの狙いとなった。想定する客単価は酒場 ダルマが2780円(税別、以下同)、感動ボブンが2200円。これまで主流だった4500~5000円よりも低いが営業時間は長く、新しい売り方を切り開くなどポテンシャルが高い業態が誕生した。
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一つの物件を2業態に分けてリニューアルを行う
本プロジェクトの陣頭指揮を執ったダイナック代表の田中氏は、1958年11月生まれ、兵庫県出身。1981年4月にサントリー株式会社(現・サントリースピリッツ株式会社)に入社。主として外食事業分野を歩み、グループ会社の取締役や代表を歴任、2018年7月にダイナックの代表取締役社長に就任した。このようにサントリーグループ生粋の外食部門のプロパーである。
この間の経営判断について、田中氏はこう語る。
「コロナ禍での当社の客数の動向はJR山手線の乗降客の動向と全く一緒でした。この電車を利用しているビジネスパーソンの動向と同じということです。そこで、コロナ禍が終わっても宴会需要の半分ぐらいは戻ってこないと考えるべきだと。そして、当社主流の店舗規模である80坪をリニューアルする時に、1業態のリニューアルで済ませるのではなく、2業態の合わせ技を行うという必要もでてくるのではと考えました」
そこで実践の舞台となったのは東京・神田の旧「咲くら」である。海の幸、山の幸を満遍なく取りそろえた同社のコンセプトを象徴する業態である。この店が対象となったのは宴会比率が約50%と同社の中でも最も高かったからだ。

本プロジェクトは、ダイナックの業態開発部(以下、業態開発部)とグループ会社のサントリー酒類、営業推進本部グルメ開発部(以下、グルメ開発部)と共同で進められた。
業態開発のキックオフは2020年の9月。業態開発部がグルメ開発部から提案されたことは、まず「酒場 ダルマ」のコンセプトは「ニューノーマルな酒場」ということ。「感動ボブン」は前述のようにフランスのB級グルメであり、ヘルシーな東南アジア料理として人気の食事を充てはめることであった。
この二つの業態提案のうち「感動ボブン」はテーマとなる東南アジアが女性に人気で、商品が完成されていることから、即進行させることになった。しかしながら、「ニューノーマルな酒場」について、業態開発部では当初そのイメージをきちんとキャッチできなかったようだ。
一人でも、2~3人でも、ファミリーでも
グルメ開発部の担当者によると、「ニューノーマルな酒場」が意図するものは以下のようなことであった。
「顧客の生活様式が以前とは全く変わってきている中で、さまざまな人がそれぞれのライフスタイルの中で食事をしていただくというイメージ。これまでランチは食事、ディナーはお酒という形で分かれていたが、昼飲みができるし、夜食事もできるといった需要を取り入れるということ」
田中氏はこう語る。
「『感動ボブン』は業態としてのエッジが立っているので心配はありませんが、『酒場 ダルマ』の取り組み方は当社にとってまったく初めてのことでした。会議室で説明を聞いたり企画書を見ているだけでは『?』が付きまとっていました。ただ世の中では『ネオ酒場』というものがでてきています。昼となく夜となく、一人と言わず、2~3人と言わず、ファミリーと言わず、さまざまな客層と利用動機を取り込んでいる様子を見てきて、これは当社でもできるかな、と想いを巡らしていました」

この想いは、キックオフから1カ月ほど経過して、料理やお酒の試作を重ねていくうちに業態開発部にも「酒場 ダルマ」のイメージが見えてきたという。それは「客層は幅広く、宴会に頼らない、フリー客、食事客というところを広く拾っていく」ということだ。
田中氏は店が引き渡されてから何度か訪れているが、回を重ねるたびに同社の業態開発担当者、グルメ開発部、そして店舗の調理長、店長共に、同店のコンセプトに対するそれぞれの理解が整ってきたと認識している。
「『酒場 ダルマ』を見ていて『お客様の使い勝手に対応しましょう』とひたすらこの考え方で店づくりを行っていました。フードメニューを見ていて、どのメニューもお客様にとってつまみになりご飯も食べることができると腑に落ちました。またポーションがみな個食対応です。当社ではこれまでメニューのポーションを大体2名様くらいを想定していて、お一人様というものを想定していなかった。しかし、この店のメニューには、お一人のお客様に全時間帯で自分の好みの楽しみ方をしてください、という使い勝手があります」(田中氏)
困難を振り切って生まれたポテンシャルの高い業態
さて、「酒場 ダルマ」は内装が昭和レトロを感じさせる老舗の居酒屋のような雰囲気となった。フードメニューは490円、590円がプライスポイントとなり70品目強がラインアップされている。「トラフグてっさ」「とらふぐの唐揚げ」が共に490円と「とらふぐ」がキラーコンテンツとなっている。また、定食もあるのでさまざまな顧客のさまざまな利用パターンが想定される。


ドリンクでは、ウイスキーの飲み方がふんだんに提案されている。同店が一番に推しているのは「氷柱ハイボール」。これはグラスの中に純水でつくったグラスいっぱいの氷柱(3㎝×3㎝×10㎝くらいの大きさ)が入れてあり、グラスからハイボールがなくなったら、ハイボールをつぎ足すというものだ。普通の「氷柱角ハイボール」1杯目(氷柱入り)は500円(税込、以下同)、おかわり2杯目300円、3杯目以降は200円となる。「氷柱濃いめ角ハイボール」というものもあり、同じ仕組みで1杯目590円、2杯目390円、3杯目290円となっている。この氷柱は1時間以上経過しても解けないとのこと。
グレーンウイスキーを使用した「お湯割り(酒燗器仕上げ) サントリー知多」690円も記憶に残る飲み方である。これは日本酒の熱燗同様の熱さで、ほのかに甘味があり、和風のつまみによく合う。このほか、サントリーオールド(通称、ダルマ)の水割りの前割りがあり、とてもマイルドな飲み口である。
一方の「感動ボブン」は、すぐに展開していくことが課題とされている。3月末からダイナックのセントラルキッチン(東京都千代田区神田錦町二丁目)でデリバリーを行っているが、月商100万円で推移していてゴーストレストランやバーチャルレストランとしての手応えを得ている。また、都心の小型物件や住宅街寄りの店舗、さらにテイクアウト商品としてのポテンシャルが高い。デリバリーの店を含めて小さな店で、全国の至るところに出店をしていくことが可能だ。これらもコロナ禍以前の同社にはなかった領域である。
ダイナックにとって得意としていた商売を脱して、全く新しい商売を始めることは困難との闘いであったが、それを振り切ることによって、とてもポテンシャルの高い業態を築き上げることができた。
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