食べ歩きが大好きな人にとって「サン・セバスティアン」は憧れの街であろう。スペインの北部、フランスとの国境に近いこの街には美食の文化があり、『ミシュランガイド』に掲載される星付きレストランの宝庫となっている。ここを訪れる人は、みなおいしい食事とお酒を楽しみ、ここで時間を共有している人々と生きていることを謳歌する……こんな感じだろうか。筆者はサン・セバスティアンに憧れている者の一人で、見果てぬ夢には終わらせたくはない。

 

さて、日本の話に転じて、東京「恵比寿」も美食の街である。それも「大人の雰囲気」とカッコつきで例えられることがこの街の特徴だ。その理由は、一般的にクオリティが高く、食通といえども経験値の高いお客さまが多いからだ。そして、ここにやってくる人も「サン・セバスティアン」の魅力を語る。

 

このように「サン・セバスティアン」は食べ歩きが楽しい街の象徴と言えるだろう。

 

ニューヨークでビジネスを行うことを目標に起業

この恵比寿に本拠を構えて「恵比寿のサン・セバスティアン化構想」を熱く語るのは株式会社創コーポレーション、代表取締役社長の大津慶一氏である。

株式会社創コーポレーション、代表取締役社長の大津慶一氏

 

現在、同社は日本に26店舗、うち恵比寿に11店舗を構えている。大津氏は1973年3月生まれ、埼玉出身。実家では数人の従業員を抱えた寿司店を営んでおり、大津氏は幼少のころから飲食店の仕事に親しんでいた。創業は1997年11月、埼玉・熊谷で20坪弱の居酒屋をオープンした。

 

そもそも飲食店で起業した背景には「海外でビジネスをする」というビジョンがあった。そこで、ニューヨーク(NY)を意識するようになり、そこで戦うための手腕を鍛えていくべく、新規出店を順々に都心へシフトしていった。2001年1月埼玉・川越、2002年1月埼玉・大宮、2003年4月東京・池袋という具合である。そして、2004年5月に本社を大宮から東京・恵比寿に移転した。

 

念願のNY出店は、2012年12月「FUKUROU」で果たすことができた。2014年9月「YAKITORI TORA」をオープン、3号店を現在準備中である。それぞれ客単価50~60ドルだが、200ドルの食事をする人もいるなど、客層はさまざまでNYの焼き鳥店としては高級店に位置付けられている。

 

その後大津氏はNYでグリーンカード(外国人永住権)を取得し、現在は年間6回、アメリカと日本を行き来して現地と日本のビジネスの違いに奮闘している。

「いい会社」となるべく人材育成システムを整える

大津氏はNYと東京での飲食業を営む環境の違いについてこう語る。

「まず、商品の価格が全く違う。同じものであれば東京ではNYの半額で食べることができる。逆に言えば、東京で提供している商品をNYに持っていけば2倍で売ることができます。働いていている人の仕事に対する向き合い方がNYと東京では全く異なります。実際にニューヨークのお寿司屋さんで働いているシェフで年収が10万ドルという人は珍しいことではない。とは言え、技術力が格段に異なるのかというとそうではない。そして、東京で収益を分配するとNYの半分になってしまう。つまり、NYでは分配する金額が大きくなるということです」

 

アメリカと日本での二重生活は丸10年となり、大津氏は「外食のバイリンガル」を自認している。

「二国間の外食の違いをきちんと理解している者として、飲食店の魅力を高めていくためには働いている人が疲弊していては意味がないと考えています。東京の飲食店が収益をたくさん分配できるようになるために、自分の会社で一つ一つ実践していくことを考えました」

 

それを実践するための旗印は「いい会社」をつくることにした。

 

「いい会社」とは漠然としているが、大津氏は「その概念をわれわれが変えていく必要性がある」と考えた。それは、数は少なくなっているが独立したい人材もいる。会社に残ってよいポジションにいたいというという人もいる。そこで「業界一就職したい会社になる」というフレーズにまとめて、人材育成システムを整えていった。

 

バラエティ豊かな業態をそろえ質的な底上げを図る

「業界一就職したい会社」――これを実現するためにはさまざまなアプローチが存在する。

 

まず、「評価制度」の改革。一貫性があり、透明性が存在し、誰もが納得できるものであること。「いい会社」だと思って人材が集まってきたところで、評価制度に納得できなければ人材を育成することができない。

 

次に、「業態」の充実。なるべく一業態あたりの店舗数を増やさず、同じ看板の業態であってもメイン商品以外の商品ラインを店舗ごとに変えるようにしています。大津氏はこのように述べる。

「業態開発については、コンセプトポートフォリオと言う考え方を採用し、商品を統一することに時間と労力を費やすのを止め、あえて店舗ごとに個性を出しています。弊社には客単価2万円以上の高単価業態から3000円台のカジュアル業態までバラエティ豊かな業態が存在するために開発、管理、教育などを考慮すると非効率な運営とも言えますが、われわれは開発した業態自体を資産と考えています」

 

これらの考え方をベースとして誕生したのは「恵比寿アカデミー」である。これは日本飲食業界に古くから存在した「親方」と「弟子」という「徒弟制度」に倣って、技術的にレベルが高く優れた人格を備えた料理人を輩出する環境を整えた。

そのために2016年より、「親方」にふさわしい料理人を招聘し、「八寸」「温故知新」「Trattoria L’astro」「鮨邸 田」といった客単価7000円から2万円の店舗を出店した。同社には産直青魚専門「御厨」や恵比寿餃子「大豊記」といったカジュアルな業態も展開しているが、高単価業態を擁することにより「全く違うジャンル、客単価の業態が混在することで、店舗間で良い刺激が生まれ従業員の意識は向上していく」(大津氏)と考えた。

北イタリアで活躍していた仲田睦シェフを招聘している「Trattoria L’astro」

 

「客単価の高い店舗は黒字化させることに時間や労力もかかる。黒字化するまでの運転資金が必要です。一方、カジュアルな店舗をたくさん展開している方が黒字化も早い。ゲストのボリュームも大きい。経営としてのリスクも低い。しかしながら、コンセプトポートフォリオという概念に基づき、バランスを考えた長期的な投資にチャレンジする事が結果として、会社全体としての質の向上につながっています」(大津氏)

「恵比寿アカデミー」がサン・セバスティアン化をもたらす

そこで、高級業態を備えると同時に学びの制度「恵比寿アカデミー」を整えた。

恵比寿アカデミーは従業員の個々に「500点満点」をゴールとする「スキルバランスシート」が用意されて、半年に1回「親方」がそれぞれのチェックポイントの中で、何ができるか、何に手を付けていないか、ということをチェックしていて、アカデミー生はどこができるようになれば次に進むことができるのか、ということが分かるようになっている。いわば、通知表に似た仕組みだ。この評価は給与にもリンクして、ゲーム感覚でスキルも、給与も増える。そして、ここの「親方」からお墨付きをいただく、つまり卒業することによって、料理長職を獲得できる。現状、恵比寿アカデミーは、日本料理、イタリアン、寿司となっているが、中国料理も予定している。これらは「いい会社」の一つの表現である。

「鮨邸 田」のアカデミー生、働きながら自分の調理レベルを確認している
「鮨邸 田」はミシュラン星付きの店を経験している田中亘氏を招聘した客単価2万円の寿司店

さて、この「恵比寿アカデミー」は「恵比寿のサン・セバスティアン化構想」の布石となるものだ。

まず、大津社長は「これから恵比寿以外で出店を行うことを考えていない」と述べる。そして、恵比寿アカデミーを卒業して、独立開業を希望する人には「物件情報の協力」「食材仕入れ条件支援」「独立資金の借入アドバイス」「店舗の建築コストについての相談協力」といった独立に関わることを全面的にかかわる仕組みも整えている。

 

当然ながら、同社から独立する人は、同社の近くで開業することによって、これらのサポートをより近いところで受けられることになる。このような実績が増えていくと、恵比寿の街は、創コーポレーションのようなカルチャーを色濃くしていくのではないか。

 

そのカルチャーとは、現在ミッションとして掲げている「業界一就職したい会社」である。これらが集まる恵比寿は、サン・セバスティアン化構想を達成することになり、またそれとは違う「食べ歩きが楽しい街」として成熟していくことであろう。

虎ノ門・浅草で実績を積んだ佐藤嘉正氏を招聘した「八寸」はさまざまな食事のシーンに対応する日本料理店

店舗情報

店舗名 鮨邸 田
エリア 恵比寿
URL http://www.soh-coporation.co.jp/den/

運営企業情報

企業名 株式会社創コーポレーション
URL http:/soh-corporetion.co.jp

新着記事

新着動画

物件を探す

カテゴリーメニュー

メインメニュー