今、東京・歌舞伎町では、来年春の開業を控えた「東急歌舞伎町タワー」がそびえたち、街の様相ががらりと変わろうとしている。このビルは地上48階、225mの高さ。映画館・劇場・ライブホールといったエンターテインメント施設、ホテルなどからなる高層複合施設となる。これによって日本一の歓楽街・歌舞伎町はどのようになっていくのだろうか。

 

そんなビルの麓に「お好み焼幸永 おうさか苑」が5月20日にオープンした。“関西風お好み焼き”の店舗で有限会社幸永(本社/東京都新宿区、代表/平山敬裕)が経営する。商号の「幸永」とは代表である平山氏の母の名前。同社の礎をつくった母をリスペクトして平山氏(冒頭写真)が名付けた。同社はこの店のほか焼肉店5店舗とセントラルキッチンを擁している。焼肉店を展開する会社が“関西風お好焼き”の店を手掛けた経緯は後に述べる。

旧「おうさか苑」のファンも来店。事業承継は大いに歓迎されている

「極ホルモン」大ヒットで飛躍する

平山氏は1973年6月生まれ。平山氏の母・幸永氏は新宿・職安通りでキムチなどの惣菜店を営んでいた。1996年4月に同店をリニューアルして「ホルモン焼 幸永」をオープン。平山氏は学生の傍ら漫才師を目指していたが、その道を諦めて母の焼肉店で働くことを選択した。

 

この店が飛躍するきっかけとなったのは、現在「ホルモン焼 幸永」の看板メニューとなっている「極ホルモン」をラインアップしたこと。平山氏が焼肉店をリサーチする中で「ホルモン焼 幸永」のたれと絶妙にマッチするホルモンに巡り合った。国産牛の脂のついた大腸をみそだれでもみこんで提供。それを焼き上げて口に入れると、ふんわりとしてとろけるような食感となる。このメニューが評判となり大変よく繁盛するようになった。15坪で月商500万円の店が1500万円に跳ねた。

 

2001年6月に現在の会社を立ち上げる。創業の店はオーバーフローとなり、隣の店に拡張。さらに裏の店舗を居抜きで買って本店は一気に商売を大きくした。しかしながら、この年の9月BSE騒動、いわゆる狂牛病が発生する。

 

これによって牛肉のイメージは大きく低下した。幸永の売上げも下がった。しかしながら、この時のBSE騒動は「イメージとしての被害」であり、騒動前に顧客から信頼を得ていた店の売上の戻りは早かった。一時期売上は最盛期の半分となったが、3~4カ月してから徐々に戻るようになり、1年もたつとBSE前と同じような繁盛を呈するようになった。

 

「従業員のモチベーション」を重視する

さて、幸永ではこの度のコロナ禍にあってどのような対応をしていたのだろうか。

「2020年の当初は、何をどうしていいのか全く分からず、助成金に支えられて店を休んでいました。しかし、オリンピックが開催されることが分かってから、営業することを決断しました。朝まで満席という状態となりました」

 

営業することに踏み切った理由は「従業員のモチベーション」を重視したから。時短要請に従っていた時には、店を休んでいてもオペレーションの画一化や人件費削減といった店のルールの改善を共有化するようにした。そして、世の中がオリンピックに向けて盛り上がりを見せた段階で営業することに踏み切ったのである。

 

「飲食店は働く人のモチベーションが重要です。コロナ禍が落ち着いてきて当社が店を営業することができているのは、従業員のモチベーションを維持することを一番に優先してきたからです」

 

この6月24日、歌舞伎町の中に「ホルモン焼幸永 さくら通り店」をオープン。ビルの2~4階で元焼肉店の居抜き。個室13室と個室主体の店で、「ホルモン焼 幸永」の歌舞伎町ドミナントを充実させるとともに、客室構成が多様になり顧客の利用機会を広げるようになった。コロナ禍にあっても「営業する」という前向きな姿勢が同社の事業を充実させている。

 

“関西風お好み焼き”の名店を事業承継

「お好み焼幸永 おうさか苑」は、以前「ホルモン焼幸永」として営業していた物件にオープンした。このブランドそのものは大阪・鶴橋で10年間、東京・新大久保で29年間続いた「おうさか苑」が原点である。創業者の橋本顕子氏が培ってきた“関西風お好み焼き”のファンが多く、平山氏も新大久保の店に足しげく通っていた。つまり、幸永が「おうさか苑」を事業承継して歌舞伎町にオープンしたもの。

 

新大久保の店は2017年6月に閉店することになった。再び営業するために物件を探していたがコロナ禍でそれをかなえることが困難になっていた。平山氏は、「おうさか苑」が閉店することを知ってから、「何とか同店の味を残すことができないものか」と画策していた。

 

「ホルモン焼幸永」の各店はコロナ禍で営業していたが、唯一、後に「おうさか苑」に転換した店舗が休業することになった。そこで平山氏は、ここで「おうさか苑」を開業しようと考えた。歌舞伎町は以前の店があった新大久保の隣町である。以前の店のファンにとって心情的にも近い。ここで「おうさか苑」を開業することはベストな選択ではないかと考えた。こうして、幸永が「おうさか苑」を事業承継した。平山氏としては2017年以来の夢をかなえることができた。そして、幸永の従業員は橋本氏の元で「おうさか苑」ならではの“関西風お好み焼き”の技の習得に努めた。

事業承継に際して幸永の従業員が創業者の橋本顕子氏の下で“関西風お好み焼き”の技を学んだ

 

歌舞伎町のど真ん中で「おうさか苑」

「お好み焼幸永 おうさか苑」は20坪34席。メニュー(6月時点)は「おうさか苑」直伝の「豚玉」1100円(税込、以下同)、「ネギ玉」1210円が定番。さらに、同店オリジナルで「イカわた焼き」825円をラインアップした。これはイカとイカわたの濃い味わいを特製のたれで焼き上げたもの。これを鉄鍋に入れて提供する。+330円で「イカわた飯焼セット」が付き、イカわたで焼き飯をつくってくれる。甘辛い“関西風お好み焼き”の食味とは趣が異なったメニューで、幸永ならでは「おうさか苑」のフィールドを広げた。

「お好み焼き幸永 おうさか苑」オリジナルの「イカわた焼き」。「おうさか苑」のメニューの幅を広げた

同店は幸先のよいスタートを切っている。新大久保当時の「おうさか苑」ファンが来店するようになり、創業者の橋本氏も以前の顧客を同店に招いておもてなしをする機会が増えている。予約のお客も日を追って増えるようになった。

 

直近の目標は「月商600万円」をクリアすること。平山氏は「歌舞伎町で『おうさか苑』のクオリティを広げたい」と考えていて、その売上を達成した暁には「歌舞伎町のど真ん中に『おうさか苑』を出店したい」としている。

 

「お好み焼幸永 おうさか苑」の店を出るとそびえたつ「東急歌舞伎町タワー」。商売の夢と野望がひしめく歌舞伎町の奥深さを感じた。

店舗情報

店舗名 お好み焼幸永 おうさか苑
エリア 歌舞伎町
URL https://gffm006.gorp.jp/

運営企業情報

企業名 有限会社幸永
URL https://www.horumonyakikouei.com/