酒場にいて、壁面に並んだ蛇口をひねると好みの酒が出てくる。蛇口は13種類が設置されて、さまざまなアルコールやソフトドリンクを組み合わせると、ほぼ無限大にカクテルをつくることが出来る。――このような情景はテーマパークのワンシーンのようであるが、それを実現しているのが「テルマエ」である。アイキャッチの画像は、同店を展開する株式会社BIRCH(本社/東京都渋谷区)の代表、高橋光基氏である。

 

この業態は2021年11月にオープンした「大阪駅前第二ビル泉」を1号店として、「渋谷道玄坂泉」「池袋西口泉」「川崎仲見世通り泉」「海浜幕張泉」「所沢泉」「名古屋駅前泉」「栄泉」「金山泉」と、全国に9店舗を展開している。経営しているBIRCHは2019年6月に立ち上がっている。

 

店名に「泉」と付けているのは、同社が「酒が湧きだす泉を発見した」というストーリーをつくって、出店している「店」を「泉」に例えていることに由来する。出店場所は、東京、神奈川、千葉、埼玉、名古屋、大阪と5都市と広域にわたり、いずれもそのエリアの名だたる飲食店街である。このような立地にあって「酒の出る蛇口」「無限大の種類」は個性が際立っている。

壁面に設置された13本の蛇口からそれぞれ異なる酒が出てきて、それをグラスに注ぎ、自分好みのドリンクをつくる仕組み

 

コロナ禍で厳しいときに「蛇口」にひらめく

代表の高橋氏は1994年1月生まれの30歳。25歳のときに現在の会社を立ち上げた。

千葉県内の高校を卒業してからさまざまな仕事を経験。東京に出て飲食店の営業をサポートする仕事に従事する。22歳のとき、ワーキングホリデーでオーストラリアに渡り、メルボルンで飲食関連の配送業に従事。1年間滞在する中で後半の半年間はオーストラリアの国中を旅してまわった。

 

日本に戻り飲食企業に入社。2年間現場の仕事やマネジメントを経験し飲食店経営のノウハウを学んだ。

そして、2019年6月に起業。いきなり札幌・すすきの、札幌駅近く、名古屋の名駅二丁目と、東京ではない地方の中核都市に出店した。これは前職の会社にある独立開業のスキームを活用したものだ。

 

「私が出店場所を『ここだ!』と決めるのは、定量と定性による判断。まず、グルメ媒体のPV数を見極めて、現地に赴いては『ここは儲かりそうか?』と考える。そしてコンサルタントと会話を重ねて『売り方』についてイメージを固めていった」

 

札幌の二つの店は、ターゲットを広くしながら、20代から30代のお客が低い予算で気軽に宴会を楽しむことが出来る業態でオープン。それぞれ空中階に100席、150席の大箱で出店した。

 

そして、営業が半年経ってコロナ禍となる。毎月1000万円がキャッシュアウトするという大ピンチを経験。そんな中で金融機関から借り入れが出来ることになった。そこで、新たな展望を拓くことに。

高橋氏が幹部社員と一緒にいるときに、「蛇口から酒が出てくるっていうの、面白くないか」とひらめいた。そこでお互い「それは面白い、やろう、やろう」と「テルマエ」を手掛けることになった。

お客は99%が25歳以下のZ世代といってよいほど、若い同世代でにぎわっている

 

「蛇口をひねると酒が出てくる」のはタイパの象徴

「テルマエ」とは、古代ローマの大浴場のこと。これは、古代ローマの大浴場のように、たくさんの人が気軽に楽しむことが出来る場所になることをイメージして名付けたもの。出店場所は路面、地下1階、空中階とさまざま。店頭の看板には「鶏皮串70円」「生中190円」「飲み放題(1時間)398円」という低価格をアピール。ファサードをつくることができる地下1階、路面、2階の場所にあっては、この価格訴求が強烈だ。

低価格のメイン商品を店頭に表示して、店のコンセプトを訴求している

 

筆者は、池袋西口泉に2度訪問した。2度とも平日ながら、18時に入店するとほぼ満席の状態、従業員から「予約をしていますか?」と尋ねられた。店内は筆者以外2人から4人のお客が利用していて、グループ客が予約なしで同店を利用するのは難しいようだ。客層は「99%」と言っていいほど「Z世代」と呼ばれる20代前半の若い男女である。

 

「蛇口をひねるとお酒が出てくる」蛇口は13個、一つの壁にまとめられていて、これが2カ所設けられている。蛇口の横にはクラッシュアイス、さらに炭酸水やソフトドリンクのディスペンサーが設置されていて、これらで自分の好みの飲み方に調整する。

 

代表の高橋氏は、この仕組みを「タイパ」(タイムパフォーマンス)と紹介してくれた。

「ドリンクを自分で注ぎにいって、自分好みのドリンクをつくるということは、注文したドリンクを待っているのではなく、時間を有効に使っている気分になる」とのこと。

「蛇口をひねったら酒が出てくる」という仕組みは、テーマパーク的発想であるが、「タイパ」であり、「省人化」というローコスト経営の手法でもある。

 

この飲み放題は「完全セルフサービス」「一部テーブルサービスあり」「一部テーブルサービスありにプラス生ビールと日本酒も飲むことが出来る」の3タイプ。内容は以下のとおり(税込価格)。

■1時間398円のブラン(90分597円、2時間796円)=完全セルフサービス

「飲める酒泉」として、ウーロン酒泉、ジャスミン酒泉、アールグレイ酒泉など9種類のアルコールをセルフサービスで飲むことが出来る

■1時間698円(90分1047円、2時間1396円)=酒泉以外はテーブルサービス

1時間398円の9種類の「酒泉」に加えて11種類の「カクテル」、15種類の「サワー」、「その他」として焼酎やワインなど6種類のアルコールを飲むことができる。

■1時間998円のプラン(90分1497円、2時間1996円)=酒泉以外はテーブルサービス

1時間698円プランに加えて、生ビール、日本酒の銘酒など13種類のアルコールを飲むことが出来る。

メニューは酒に合うおつまみでまんべんなく構成されている

 

繁華街立地で多様な外食文化を広げていく

フードメニューは「スピード」「おつまみ」「一押し」「揚げ物」「海鮮」「お肉・ご飯・鍋・デザート」とカテゴライズされて、価格表示は端数を刻んでいるが、感覚的には至って普通の価格で構成されている。

 

フードメニューの中では「鮎の塩焼き」(698円/税別以下同)と「溶岩焼き」(498円~)に出色なものを感じた。「鮎の塩焼き」は、Z世代をターゲットにしている飲食店のメニューとしては意表をつく存在であるが、メニューへのこだわりを感じさせる。「溶岩焼」ではハンバーグを食べたが、ハンバーグの中心がレアの状態でお客に提供されて、従業員がお客の目の前でハンバーグを半分に切り分け、切ったレアの部分を熱しられた溶岩に押し付けて食べごろを教えてくれる、というもの。この従業員の一連のパフォーマンスには付加価値が感じられクオリティも高い。

「道産牛100% 溶岩焼きハンバーグ おろしポン酢」(980円)は、中心がレアのハンバーグを従業員がお客の前で、熱々の溶岩の上で焼いてくれる

 

ドリンクの安さと「飲み放題」が目立つ低価格路線ではあるが、フードメニューの満足度の高さからリピーターを獲得しているのであろう。ちなみに客単価は2500円。F(原価率)27%、L(人件費)21%でFLコストは50%を超えていない。利益率の高い業態である。

 

コロナ禍が去って、今年はFCにも着手して12月までにFCを8店舗、直営は3店舗出店したいとしている。高橋氏は「テルマエは展開して3年足らずで9店舗。全国の繁華街立地で出店する余地はたくさんある」と意気を揚げる。

 

社名の「BIRCH」とは「白樺」のこと。白樺は森を豊かにして、持続可能な森林にしていく存在である。高橋氏は、仲間と共に立ち上げた会社を「飲食の需要を広げる存在でありたい」という思いを森林の中の白樺の存在になぞらえて「BIRCH」を命名した。社名の中にポエムがある。同社の店の存在によって、街がにぎやかになっていき、飲食業の全体が活発になっていく。飲食街の「白樺」が豊かな外食文化を育てていくきっかけとなるような壮大なイメージを描いていることであろう。