東京・新橋は飲食店がひしめくエリアであるが、その中心部には烏森神社が鎮座する。これは平安時代の天慶3年(940年)に創始したもので、「必勝祈願の成就」「商売繁盛」などの御利益があるという。その参道に「烏森百薬」という飲食店がある。質素なつくりの2階建てで神社の敷地になじんでいるが、オープンしたのは2018年8月のことだ。

同店を経営するのは株式会社ミナデイン(本社/東京都港区、代表/大久保伸隆)。同社代表の大久保伸隆氏は、株式会社エー・ピーカンパニーの副社長を務めた人物で、2019年の6月ごろにfacebookで独立することを公表し周囲の人々を驚かせた。大久保氏を独立に駆り立てる動機とは余程のものであろうと推察するが、事業の展望をうかがうと実に興味深い内容であった。

株式会社ミナデイン、代表取締役の大久保伸隆氏。たくさんの経営者との「同志的連合」によって飲食事業を拡大していくことを想定

 

固定概念にとらわれずに生産性を上げる

ミナデインの事業内容は、①直営飲食店(固定観念にとらわれないコンセプト、生産性を高めるオペレーション、業界の課題を解決するビジネスモデル)、②まちづくりプロデュース(地域に眠る資源の発掘・再定義、当事者意識を持つ参加型まちづくり、さらなる魅力がつく付加価値の提供)、③FC&コンサルティング(飲食店出店のトータルサポート、独立希望者のアイデアを形に、ネットワークによる優良物件の紹介)となっている。

 

「烏森百薬」はこれらの①を具現化したものだ。その構想は上記のカッコで説明しているが、ここでは大久保氏がこれまで飲食業で学んできたことの「課題解決」が試みられている。

同店は昼に喫茶店、夜に居酒屋となるが「セレクトショップ」として運営している。これはアパレル業界で一般化しているもので、複数のメーカーの商品やブランドを扱う小売店のことだ。飲食店の商品とは自店でつくり上げるものということが常識とされがちであるが、セレクトショップの仕組みを取り入れることが「課題解決」となるのである。

 

大久保氏はこう語る。

「売上が上がると経営者はうれしいが、現場にとっては大変なことです。そこに矛盾があり、

労務問題につながっていきます。飲食業が抱えるさまざま課題は利益率の低さにある。そこで利益率をどのように改善するか。これらの全てを解決しようと考えてこの店が生まれました」

 

日本全国を食べ歩く大久保氏であるが、ある日このようなことがひらめいた。

「から揚げがおいしいと評判の店に行って、このから揚げに勝とうと思ったら果たして何年かかるのだろうか」

「フレンチのレストランに行って、僕が料理を作ってここのシェフに勝つことはお客さまのためになるんだろうか。多分そうではないだろう」

「僕の持っているスキルを使ってお客さま満足を最大化できるコンセプトは何か」

「僕が日本一と思う食べ物をそろえてキュレーション(情報を集めて整理すること)をすることができれば、お客さま満足度はそれなりに取れるのではないか」

 

このようなことが飲食業のさまざまな課題を解決するものと考えてセレクトショップのコンセプトを思いついた。

「烏森百薬」の1階カウンターでは、インバウンドのお客さまが増えてきた

 

志を同じくするオーナーたちとのコミュニティ

フードメニューは約25品目をラインアップしているが、そのうちの8割は全国の名品を取り寄せて構成している。残りの2割は季節をテーマにした商品を開発するなど、顧客満足を追求している。こうしてキッチンのオペレーションを軽減させている。

 

2階は16席収容で貸し切りのスペースにしている。ドリンクはセルフの道具をそろえてお客さまにつくってもらう。店側は料理をつくってそれを2階に運ぶだけである。新橋は大箱の店が多く「16席収容」という貸し切りのスペースがなく需要が多い。これによって店の生産性は上がる。

 

この店のFCの要望がとても多く、その1号店がさる12月1日、千葉市内にオープンした。新橋の店と同様、昼喫茶店、夜居酒屋となる。

 

「便宜上FCという言い方をしていますが、このオーナーさんはわれわれと志を同じくするということで『シェアリング』という感覚です。メニュー25品目というインフラは同じですが、『百薬』という店名にこだわらずに、地域に合わせた店をオーナーさんと一緒につくっていきます」

 

大久保氏はこの形態で全国の経営者と出会い、志を同じくする人たちとコミュニティをつくり「同志的連合」としての結束を深めて、さらなる飲食事業に取り組んでいくことを画策している。

 

「里山資本主義」に基づいたファミリーレストラン

ミナデインが直営飲食店の展開と同時に進めているが、前述の②にある「まちづくりプロデュース」である。この端緒となったのは千葉・ユーカリが丘に2018年12月にオープンしたレストラン「里山transit」(以下、里山トランジット)である。

この構想は、大久保氏が独立してから藻谷浩介氏の対話集『しなやかな日本列島のつくり方』を読み、この中に出てくるデベロッパーの山万株式会社(本社/東京都中央区、代表/嶋田哲夫)が取り組む「ユーカリが丘ニュータウン開発」に感銘を受けたことがきっかけとなった。

藻谷氏は「里山資本主義」の提唱者で、この考え方に基づいてこの本はまとめられている。

「里山資本主義」とはざっくりと述べると、日本から遠く離れた国から資源を輸入するのではなく、日本の各地域にある資源を活用して、元で生活している人たちの質を向上させる、という考え方である。

 

山万による「ユーカリが丘ニュータウン開発」が着手されたのは1971年のことで、計画的に持続可能な「里山」を目指して、8000世帯分の土地を40年間かけて年間200世帯ずつ販売してきた。街の人口は2万人、イオンやスーパーマーケット、映画館などもあり、周辺人口を含めると10万人が集まる。

大久保氏はこの街で、子供からお年寄りまで楽しむことができる地元密着のファミリーレストランの要素を持ち、地元の資源を還元する店をつくろうと考えた。店名は、地元の資源を活かすということで「里山」、モノやヒトの中継点を目指して「トランジット」とした。

「里山transit」は千葉・ユーカリが丘のファミリーレストランとして定着した

 

店舗はスケルトンから設計し、さまざまな年齢層と利用動機を想定して60坪90席のゾーニングは多様にした。店内奥の大きな窓の席はお子さま連れのファミリーを想定した掘りこたつ、その手前に大理石を使用したカフェ的なスペース、店舗入り口近くは円形のカウンターテーブルで一人客がふらりと立ち寄れる感覚。12人を収容できる個室もある。

 

商品コンセプトは「何屋」ということを限定しない。ここも「烏森百薬」と同じような考え方で「和洋折衷でゼロ歳から100歳までを満足させる」(大久保氏)という構成になっている。

 

地元の農家と結びついた「持参自消」の仕組み

「里山トランジット」では、周辺の農家から週に2~3回野菜を持ってきてもらう。「里山」ならではの輸送コストをかけない食材調達である。季節ごとの播種(はしゅ)計画をあらかじめ受け取り、それに基づいてメニューを開発している。このようなサイクルが見えてきたことから、来年からは店が必要する野菜の生産をお願いしていきたいと考えている。大久保氏はこの仕組みを「持参地消」と名付けている。

 

また、プロの農家ではないがリタイアしてから市民農園で野菜をつくっている人々が多くいる。ここではプロの農家と異なり時期をずらして播種をしないために、農産物が一気にでき過ぎてしまうこともある。そこで自分で食べきれない場合は、人にあげるか、それでも余る場合は捨てることになる。

そこで考えたことは「里山リサイクル」という取り組みで2019年の5月から行っている。市民農園の脇にかごを置いて、不要な野菜を入れてもらう。筆者がリサーチで伺った時には取れ過ぎたコリンキー(カボチャ品種)が店内の入り口近くに置かれ、それで料理をつくるレシピも用意されていた。それを食べてみたいと思ったお客さまが自由に持っていくという仕組みである。ゆくゆくはこれらの野菜を惣菜や加工品にして、来店したお客さまに無料で持って行ってもらうということも検討している。

市民農園でつくりすぎた野菜を「里山リサイクル」として店内で無料でプレゼント

 

「里山トランジット」の展望について、大久保氏はこう語る。

「これは地域に合わせたファミレスですが、これから1年間ほどかけてブランドとして完成させたい。優秀な全国のFCオーナーとの連合を強くしてそれぞれの人の部分は解決していく」

 

「立地に関して、都心では高級住宅街の近くということが見えている。地方の場合はFCオーナーが地域にどのようにコミットしているかが重要。このような人の地元でいい場所とはどのようなところになるかがポイントとなるでしょう。そこで、これからは人脈、人間関係をつくっていくことが大切です」

 

大久保氏の事業展開の発想には、チェーンレストランのテクノロジーではなく、人間臭い結びつきがベースとなっている。無理な調達やオペレーションを追求するのではなく、簡単な言葉で例えると、「楽しい飲食店をつくろう」ということだ。実際に「烏森百薬」「里山トランジット」を訪ねると若い従業員の笑顔が素晴らしく、お客さまとの会話が巧みである。

大久保氏によって、フードサービスに新しい潮流が生まれることを感じる。

これからは志を同じくする経営者たちと共に飲食事業を育てていきたいとしている

 

 

店舗情報

店舗名 烏森百薬
エリア 新橋
URL https://minadein.com/restaurant/

運営企業情報

企業名 株式会社ミナデイン
URL https://minadein.com/

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