飲食業界の媒体で「『酒場きんぼし』は坪月商80万円」という記事を目にした。店舗は11坪ということだから、この規模で月商1000万円に届こうとしている。

 

この繁盛のポイントは何かと思い、同店を訪ねたのは5月の土曜日の夕方だった。場所は東京・渋谷、道玄坂の上の方で高速道路の下。小さい間口の前にウエーティングのお客が2~3人。店の従業員に利用できるかどうかを尋ねると「予約は?」と言う。予約はしていなく一人であることを伝えると「カウンター席で1時間」となった。なぜ「坪月商80万円」なのだろうか。

渋谷、道玄坂近くにある「酒場きんぼし」は20代女性のお客が大半で11坪で月商1000万円に届こうとしている

フードメニューは50品目、メインは「おばんざい」で「6種盛り」が1,330円(税込)、単品のおつまみにも野菜を使ったものが多い。お客は20代、30代の女性が主要。筆者が座るカウンターの目の前で仕事をしているのが20代後半の女性だった。本人は調理の仕事をしていて、注文が入るとてきぱきと他の従業員につないでいく。店の中は満席だから従業員同士で次々と注文のメニュー名が飛び交う。チームワークを感じた。お酒選びで悩んでいるとその女性従業員は“おすすめ”を伝えてくれた。「楽しいところにやってきたな」という気分になった。

「酒場きんぼし」の「6種盛り」1,330円。豆皿とおばんざいの組み合わせがかわいらしい

 

脈々と受け継がれるチームづくり

2号店となる学芸大学の「びゃく」は物件の2階にあり、表札が店の存在をアピール

ここの2号店が4月東京・学芸大学にオープンしたということで、その店「びゃく」を5月の平日19時ごろに訪ねた。建物の2階で、店の存在を知らせるのは表札のみ。隠れ家的な雰囲気の階段を上って2階にたどり着くと元気なお出迎えの声。約15坪の店内の半分は埋まっていた。こちらの客層は「酒場きんぼし」より若干年齢層が高く、男女比は半々。男性従業員のはきはきとした受け答えが爽やかである。注文が入ると他の従業員につないでいく。このチームワークは「酒場きんぼし」と同様だ。

 

フードメニューのメインはここも「おばんざい」で「6種盛」が1,680円。一品料理を見ると、食材選びと調理が丁寧に行われている。「白神うどとホタルイカの天ぷら」880円、「鱧カツと桜海老タルタル」980円など、季節感を巧みに表現している。「窯炊きあきたこまち」というご飯もあり、「白めし茶碗一杯」が300円、「削りかつお節」350円、「明太子」380円といったトッピングもある。

 

この二つの店で共通する「おばんざい」に次ぐメインは「お刺身」。クオリティの高いものを絞り込んでラインアップしているという印象を受ける。

 

これらを経営しているのはマルホ株式会社(代表/池上善史)。代表の池上氏(冒頭写真)は1982年2月生まれ、兵庫県姫路市出身。飲食業を手掛けるようになったのは26歳の時。株式会社ブラボー・ピープルズで勤務を経験し、これらから店の中でのあるべきチームのつくり方を学んだ。

 

ここで育まれた“チーム感”というものが、この2店に表れているのだろう。池上氏に「店づくりで最も大切にしていることは何か」と尋ねると、「チーム・接客・メリハリ」と即答する。これはそのまま「酒場きんぼし」「びゃく」そのものである。

 

「おばんざい」と「秋田野菜」がつながる

現在、二つの店でメインのメニューとなっている「おばんざい」を池上氏が心に留めるようになったのは、独立準備を始めた2017年の頃。京都の居酒屋で食べた「おばんざい」がきっかけとなった。地元の旬の野菜が調理されて盛り付けられた様子にひらめくものを感じた。

 

そして奥様が豆皿を収集するのを趣味としていて、これに「おばんざい」を盛り付けて食事をするのが楽しい。さらに、奥様の実家が秋田で青果店を営んでいることから、秋田の野菜に親しんでいる。こうして、池上氏が営む店のメインは「おばんざい」と「秋田野菜」に定まっていった。

 

もう一つのメインの「お刺身」。これは個人の目利きのある仕入れ業者と付き合うようになり、良い品質のものを安定的に届けてもらっている。

 

現在、マルホの従業員は社員9人、アルバイト5人。池上氏が歩んできたようにみな独立開業を志している。前述のチームワークもその一環として指導されている。

 

メニューづくりは、基本的に社員全員で考える。

「料理長や料理担当者がいて、その人がすべてメニューを考えているとほかのメンバーは考えなくなる。全員が独立希望者なのだから、自分で考えたメニューをお品書きにのせられるようにしている」と池上氏は語る。

 

各人がアイデアを披露するのは賄いの時間。そこにいる全員がそれを尊重し、アドバイスが飛び交う。メニューは原価率をきちんと割りだしている。この中で「今回はちょっと、いい肉を使いたいです」というアイデアが出た場合、原価率が上がることは承認される。しかしながら、想定していた原価率よりも2%超えた場合は、その理由を厳しく追及される。

 

食材の仕入れ値の動向については、業者が従業員にきちんと伝えてくれる。これらの情報を先輩・後輩が共有することによって、原価率に対する感覚がシビアになり、精度が高くなっていく。「食材が値上がりしている今日、値上げをする必要があります。しかしながら、ほかのメニューで調整することを考えようと、みんなで喧々諤々(けんけんがくがく)やっている」(池上氏)
環境から、お値打ち感のあるメニューづくりの技が磨かれている。

 

「前職の経営者から『店の数字がぶれているときは、店の中の何かがぶれている』ということを厳しく指導された。そこで、店のあるべき原価率を守るということは、店全体をぶれないようにするため」と池上氏は語り、独立者を育てる“道場”としての考え方を守り抜いている。

「びゃく」の「6種盛」1,680円。「酒場きんぼし」と同様、マルホを象徴するメニューとなっている

 

しっかりとしたバックボーンは店の基軸となる

池上氏の最初の店「酒場きんぼし」という店名は、自分が上京した時の座右の銘とした矢沢永吉氏の『成りあがり』(角川書店刊)がその発想のベースにある。「何かをやり遂げたい」ということだ。そのようなことを考えていて、知人の飲食店に相撲の番付表が貼ってあったのを見て、横綱を倒すという意味の「きんぼし」がひらめいた。

 

2店目は「きんぼし学芸大学店」にするという発想もあったが、店のバックボーンである、独立者を育てる“道場”という姿勢をきちんと守っていれば同じ店名である必要がないと考えた。そこでかねて引かれていた白蓮の花言葉が連想された。

 

「白蓮は、泥より咲いて、泥に染まらず」――「周りが汚れた環境であっても、それに染まらず清らかさを保っていること」という意味だ。このような思いを新しい店に込めたい、と。そこで店名を白蓮から取って「びゃく」とした。

 

メニュー名に「秋田の……」があることから、従業員に「なぜ、秋田なのか」と尋ねると、「経営者の家族が秋田で青果店を営んでいて、その野菜を使用しているから」と教えてくれる。「酒場きんぼし」「びゃく」ともに「秋田野菜を使用している店」ということが知られるようになり、秋田出身のお客が訪ねて来ることが多くなった。

 

マルホの従業員にとっては、池上氏が培ってきた飲食店商売のマインドである「原価率は店の規律」「バックボーンは店の基軸」ということが浸透して、お客を引き付ける個性を放っているのだろう。それが「坪月商80万円」の源だと感じられた。

店舗情報

店舗名 びゃく
エリア 学芸大学
URL https://www.instagram.com/byaku_gakugeidaigaku/

運営企業情報

企業名 マルホ株式会社
URL https://www.instagram.com/byaku_gakugeidaigaku/

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