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  3. 家業の飲食業を誇りに独力で起業、職人的な店舗展開を志向する

飲食業で起業した人の来し方はさまざま。中でも「飲食店で働いていて、起業する夢が膨らんで……」という形で起業するパターンは王道と言えるだろう。一方に存在するのは「独学」である。飲食業の知識や経験を持たず、資金的な余裕もなく、どうすればお客さまが来店してくれるのかということに、一生懸命に取り組んだ日々はさぞや孤独で大変なことであっただろう。

 

筆者は10年ほど前に東京・池袋で「瞠(みはる)」というラーメン店を経営している岡田康嗣氏と出会ったのだが、筆者がそれまで知りうる飲食業経営者とは明らかに異なる個性を放っていた。岡田氏は祖父母の代から飲食業を営む家で育ったが、自らの飲食事業は独力で起業したのだという。岡田氏の雰囲気や世界観は、「〇〇のOB」といった色を持たず独立独歩の生き方が感じられた。

 

シンプルでありながら質実剛健の店をつくる

その岡田氏が2019年9月、東京・水道橋に「食堂酒場」をショルダーネームとした「エナジーホール」という店をオープンしたと聞いて同店を訪ねた。

水道橋といえば東京ドームを連想するが、エナジーホールがあるのはJR水道橋駅を境にしてその反対側の神田三崎町エリアにある。一帯は大衆的な飲食店街だ。同店は13坪の真四角な構造でオープンキッチンを大きくレイアウトした至ってシンプルなデザインで30席を配している。

「エナジーホール」の店内は木材の色調を基調にしたシンプルなデザイン

 

フードメニューは時季に応じて変更しているが、看板商品の「スッポンスープ ふわふわ卵とじ」580円(税別、以下同)はネーミング通りのすっぽんスープの卵とじでまさにふわふわで、料理人の技が光る。定番の「ポテトサラダ」500円、「蟹焼売」(3個)600円はお馴染みのメニューであるが、食してみてみな無化調であることに感動する。食べていて「体が喜んでいる」という感じがする。約30品目と絞り込んでいて、一品一品に手間暇がかけられている。

「スッポンスープ ふわふわ卵とじ」580円、何気ないようだが料理人の技を感じさせる一品

 

同店の店長は萩田博貴氏。後述する炭火串焼「ヒヨク之トリ」で焼き場を担当していた人物で豊富な調理技術を持ちチャレンジ精神に富んでいる。岡田氏は萩田氏の姿勢を意気に感じて同社の新しい店づくりを委ねることにした。店内は完全禁煙、食事はシンプルでありつつ質実剛健だ。客単価3500~4000円。このような内容からリピーターが多い。

 

飲食業を原点とするファミリーのつながりを誇りとする

岡田氏が代表を務める会社は有限会社アンティシペーションという。「エナジーホール」は同社にとって7店舗目にあたる。「アンティシペーション(Anticipation)」とは、「予想、予知、予期」という意味だ。音楽用語では「半テンポ先を演奏する」、サッカーの世界では「あそこにボールが行くだろうと予測すること」だ。岡田氏は普遍的ではやりすたりのない店づくりを心掛けているが、ここに顧客ニーズの半歩先を予測することによって、より本質的な飲食業を目指している。

 

岡田氏は1964年8月生まれ。前述の通り祖父母の代からの飲食業の家で育った。祖父母は新宿区津久戸町(神楽坂)に「神戸屋」という飲食店を開業。この店は太平洋戦争が終わるまで同地で営んでいた。終戦後は豊島区大塚に転居して商売を再開、昭和50年ごろ(1975年ごろ)からは宴会場も設けて250人ほど収容可能な割烹料理店にして、結婚式も行っていた。

有限会社アンティシペーション、代表取締役の岡田康嗣氏。多店化を追わず、クオリティの高い店をつくることを信条としている

 

岡田氏は自身の家族を語る時に心の底から愛着を込める。家族のそれぞれがそのつながりを大切にしてきたのであろう。

筆者がそれを強烈に感じたのは、2019年8月15日の終戦記念日に岡田氏がfacebookにファミリーの写真を投稿したことだ。それは昭和19年のこと、祖父母が営む店の前で母方の叔父の出征を祝う記念写真である。叔父はその後帰還することはなかった。岡田氏は叔父とリアルに会ったことはないが、家族としてのつながりを大切してこの画像をスマートフォンに保管している。そして、平和であることの大切さを訴えている。

昭和19年、母方の叔父の出征を祝った時のファミリーの記念写真。この写真を大切にして平和の大切さを訴えている

 

未経験の焼き肉店を準備期間40日でオープン

大学卒業後、大手不動産会社に入社。その後、将来家業を継ぐことを想定して日本料理の会社に入社した。ここで勤務している時に、知人である新宿御苑前のビルのオーナーから、出店していた焼き肉店が閉店したということで、「会社を辞めて、ここで焼き肉店をはじめたらどうか」と勧められた。

 

岡田氏にとって焼き肉店の経営は縁遠いことであった。しかしながら強引に勧められて、会社に退職願を提出した。これが1990年9月18日のこと。

ビルのオーナーは「11月1日に店を開けろ」と言う。こんな性急なことに岡田氏は「無理です」と伝えた。しかも、10月7日には自分の結婚式も新婚旅行も控えていた。

 

会社を設立しオープンする日まで、結婚式をのぞいた毎日の昼夜、東京中の焼き肉店を食べ歩いた。また、新宿の書店に行って焼き肉と韓国料理に関する書籍を書棚の端から端まで購入した。これらを読みこなしているうちに、タレをオリジナルでつくり、キムチも自分で漬けることができるようになった。肉のさばき方については、芝浦の牛肉の卸業者に通って学んだ。オープンに際して職人を1人雇った。

こうして1990年11月1日に創業の店である焼き肉店をオープン。店名は祖父母が創業した「神戸屋」とした。

 

さて、オープンしてから焼き肉店でお金を儲けるためには、肉を使い切ることであることを学んだ。固い部位はジャガードしてランチに入れたりスープに使う。ゲタの部分は骨付きカルビに使う。タン先はタンシチュー。このようなことを徹底した。職人が退社してから、朝から晩まで「人の3倍働いた」という。

この店は「2年ぐらいで止めよう」と思っていたが、軌道に乗ってから忙しくなり、実家の店は閉店することになった。このような経緯があって、岡田氏は自身の飲食業を多店化する発想を持つ間もなかった。

 

「串カツ田中」に加盟してノウハウを開拓

焼き肉店をオープンしてから12年後の2002年12月、「瞠」(みはる)というラーメン店をオープンした。この一文字は生まれたばかりの娘の名前として用意していたが、豊島区役所から「当用漢字にない」と言われ、実際の名前は別の漢字をあてた。そして、物件を豊島区役所の裏に確保することができて、ここの店名にこの一文字をあてた。スープは当時トレンドの魚介系にした。4年後の2006年に2号店を恵比寿にオープン。同業態では油そば(汁なし麺)をラインアップすることで、売上の75%を占めるようになった。

 

2010年に炭火焼串「ヒヨク之トリ」を南麻布にオープン、2013年に現在の東麻布に移転した(22坪)。同店は港区麻布台にあるロシア大使館の脇から入る「狸穴坂」にあり、地名の雰囲気どおり一帯は真っ暗だが、なかなか予約が取れない店となっている。

東京・麻布、狸穴坂にある「ヒヨク之トリ」は食べログの「百名店」に選ばれた人気店

鶏肉は朝挽きの甲州信玄鶏を使用し、毎日昼の12時から同店の社員6人が一斉に串打ちを行っている。丁寧な商品づくりと食味の高さが評判となり、食べログの「百名店」に選ばれている。客単価5000円で、客単価が1万円を超える人気店が複数存在する麻布十番の中ではアッパーミドルの存在だ。富裕層が多い地域であることから早い時間はファミリーが散見される。

焼き場が客席に向いていて、丁寧な仕事ぶりがショーアップしている

 

このほかの店舗展開では、「串カツ田中」の亀戸店(2012年)、東高円寺店(2013年)をオープンしている。当初「ヒヨク之トリ」の多店化を想定していたが、同社の若い人材が店舗運営におけるITを習熟するきっかけとなるのではと考えて、「串カツ田中」の加盟店となることを決断した。

 

着実な商売を志向する独創的な経営観

今後は「職人の商売」を心掛け、創業の地である神楽坂ないしその周辺で焼き鳥店の展開を検討している。堅持する方針は、同じブランドでの多店化をしない、店舗では効率を追求しない、商業施設や空中階には出店しないということだ。これらの理由について岡田氏はこう語る。

 

「グルメサイトで上位にある店はチェーン店ではありません。職人がいて、そこにわざわざ食べに行く。ですから、価値ある店をつくるために多店舗展開をしません」

 

この方針は、人材採用にも及んでいる。まず、調理の技術よりも人間性、「つまり笑顔で、お客さまに真摯に対応しようと気持ち、学ぼうという意欲があること」を尊重している。かけ事をしている人は採用しない。また「将来独立したい」と語る人には現在の貯金額を尋ねる。その金額の多寡が、独立に対する意思の度合いを示しているという。

 

このように岡田氏が語る経営観は独創的だ。社名に込められた「予測」や「半歩先を行く」という姿勢は、経営の骨格をしっかりとしたものにするための「石橋をたたく」ことに似ているかもしれない。

 

 

 

店舗情報

店舗名 エナジーホール
エリア 水道橋
URL http://energyhall.tokyo

運営企業情報

企業名 有限会社アンティシペーション
URL http://anticipation.jp

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