東京・下北沢は「演劇の街」。自分の体全体で表現をする人がいて、その全力の姿をリスペクトする人がいる。このような関係性が「頑張っている人を応援する」といった街の雰囲気をつくっている感じがする。最近では下北沢駅を中心に再開発が進み、このようなカルチャーがより洗練されてきている。

 

下北沢駅南西口から徒歩5分、古着の店やファストフードのにぎわいから外れた路地裏に「酒場たいよう」が2022年12月にオープンした。代表は吉村俊貴氏(アイキャッチの人物)。長崎県壱岐市出身の吉村氏は、故郷の自然や食材・酒、料理をこよなく愛し、起業する前に「故郷の海でぼーっとしていたとき、この店名を思いついたんです」と語る。独特の個性を放つ商店街と住宅街を結ぶ場所にあって「酒場たいよう」の気負いのない存在感が、家にたどり着くまでの“サードプレイス”となり得ている。

シンプルな店名、細部のデザインが丁寧につくり込まれている店頭の雰囲気が入りやすさを感じさせる

 

故郷・九州の料理と酒を打ち出す

「酒場たいよう」のフードは、吉村氏の故郷・壱岐島をはじめ九州産のものを中心にラインアップ。看板メニューは「壱岐牛の炙り肉寿司」(780円、税込以下同)。出荷数が少ないことから壱岐牛は“幻の牛”とも呼ばれていて、それを同店は生産者から直接仕入れて、オーダーがあるたびにスライス、お客の目の前でバーナーで炙る。このほか、2回下ゆでしてモツが苦手な人でも食べやすくした「塩もつ煮込み」450円。福岡の鶏肉に季節の食材を加えた「3色蒸しつくね」550円。さらに「福岡羽釜かしわご飯」味噌汁・漬物付き980円、「長崎五島うどん」800円~という具合に、食事利用にも対応している。

 

ドリンクは、生レモンサワー、角ハイボールといった定番に加えて「喜多屋 特別本醸造」(福岡)700円、「天山 本醸造 超辛口」(佐賀)700円、「河童九千坊本流」(福岡)650円、「壱岐スーパーゴールド」(長崎)650円など、九州産の日本酒・焼酎をそろえる。吉村氏は焼酎のソーダ割を提案する。

 

「壱岐牛の炙り肉寿司」780円は、すでに看板商品として定着している

料理も酒も“ザ・九州”。一本筋の通った食のコンセプトが、類似の業態が立ち並ぶ中でも際立った特徴となっている。オープンして間もなく常連客が増えるようになった。客単価4000円あたりになっているが「もっと高くしていいんじゃないの」と言われるようになったという。

 

後述するが、吉村氏がこれまで修業を積んできた料理ジャンルは洋食系だった。そこに前職の店でお客として来店していた和食の料理人・杉本敬亮氏がパートナーとなり、現在のメニューを一緒につくり上げている。

 

サン・セバスチャンとナポリを体験

吉村氏は1993年3月生まれ。30歳となるが、来し方と展望を語るときの瞳はキラキラとしている。素直に丁寧に受け答えしてくれて、そのような姿勢がこれまでの人との出会いを豊かにしてきたのだろう。

 

吉村氏は中学を卒業してすぐに飲食の道に入った。最初の店は、福岡市郊外の割烹料理店、仕出しも営んでいて大層忙しかった。ここで吉村氏は出汁巻をひたすらつくっていた。朝4時から1日100本程度。その後は魚に触らせてもらった。お世話をしてくれた人が「まず3年間続けること」とアドバイスしてくれて、その通りに仕事に励んだ。

 

その後、福岡市内の歓楽街・中洲のスペイン料理店で働く。縦に長いコック帽に憧れていたが同店はそれとはまったく異なり、自分の固定概念にはない洋食の世界があることを知った。ジャガイモの皮をむいてラグビーボールのような形にする「シャトーむき」にひたすら取り組んだ。ここで仕込みの大切さを学んだ。

 

このような姿勢が職場の先輩から認められ、先輩が修業したヨーロッパに料理修業に行かせてもらった。これらは先輩が修業をした店であった。最初の3カ月間はスペインのサン・セバスティアン。世界一の美食都市と言われる街でお客が楽しむ飲食店の空気感を肌で感じた。次の3カ月間はイタリアのナポリ。先輩からは「ナポリピッツァを覚えるように」と言われたが、それもさることながら現地の生パスタのおいしさに感動した。

 

ヨーロッパでの修業体験を終えて福岡に戻り、薬院の生パスタの店に入った。同店は遠方からも目的来店してくる店で、土日はファミリーで満席が続く。ここでも生パスタづくりにひたすら励んだ。

 

キャリーバッグ一つで東京へ

吉村氏は22歳になった。そこで新しいことに挑戦する。「東京に行こう」と。

「どこで働くか」は決めずに、キャリーバッグ一つで上京。ネットカフェで寝泊まりして、東京の飲食店を探訪した。そして、人からの紹介で池尻大橋のステーキ&バーで働いた。三軒茶屋にアパートを借りた。飲食の道を歩んでいる吉村氏にとって、三軒茶屋の飲食の街並みはギラギラとしていた。いつかは自分でこの街で独立開業したいと思うようになった。池尻大橋の店では1年半働いた。

 

吉村氏の東京の街に対する興味は尽きない。ある日、中央線の路線図を見ていて「寺」の付く3つの駅、「高円寺」「吉祥寺」「国分寺」の名前が目に止まった。この中で気になったのが「国を分ける寺」というダイナミックな存在感。そこで早速、国分寺に降り立った。

従業員に語り掛けたくなる空気感が存在して、それが店のクオリティを高めていく

 

国分寺で飲食店をリサーチして、最もひかれたのが「サルノコシカケ」。同店は国分寺でドミナント展開している猿屋一家(代表取締役/藤野裕章)の店。早速、面接を申し出たところ藤野代表の第一声は「飲食っていいよね」という一言。「この人は、自分に飲食の道をいろいろな形で示してくれる人だ」と直感し、藤野氏の元で働くことを決めた。ここでいろいろなことを吸収していくが、時代はコロナ禍となった。それでも「飲食を諦めない」ことを学んだ。ここでは約5年間在籍。その後、ダルマプロダクション(本社/東京都渋谷区、代表取締役/古賀慎一)のイタリアン酒場「Petalo」で約1年働く。

 

そこで独立を決心する。東京で初めて慣れ親しんだ飲食の街、三軒茶屋で開業しようと考えたが、かつての上司・藤野氏は「君には下北沢の方が似合うんじゃないの」とアドバイスしてくれた。下北沢は初めて降り立つ街だったが、訪ねるたびにだんだんと好きになっていった。

 

吉村氏は16歳で飲食の道に入り、年上のさまざまな人と巡り合って飲食人としての道を切り拓いてきた。そして「君には下北沢が似合う」と言われる。今「酒場たいよう」の中で、笑顔を絶やさず生き生きと働いている吉村氏は“飲食店の神様”に導かれて、下北沢の人々から愛させる存在になっているのだろう。

九州料理のほかに、これまで吉村氏が修業してきた飲食店の有力なメニューも生かされている

 

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店舗名 酒場たいよう

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