昨年、筆者は羊肉に関連する取材の機会が増えた。そのほとんどは新規開業の事例である。アイキャッチの人物、菊池佑太氏が店長を務める「ジンギスカン 慶彦(よしひこ)東京大森店」もその一例。東京・大森、JR大森駅東口のロータリーに面した地下1階に2020年6月にオープンしている。

 

冒頭の話題を菊池氏に伝えたところ、このように答えてくれた。

「世界的に羊肉は『おめでたい日』といった特別の日に食べるもの。今日本の食がこのような雰囲気に寄ってきているようです。私としては鶏・豚・牛と並ぶような当たり前の肉になってほしい」

 

羊肉のさばき方を独学で覚える

「ジンギスカン慶彦」は福島市に本拠を置く株式会社DEEP(代表取締役/斎藤弘行)の店舗である。同社は2011年に「焼肉 誠」をオープンし創業した。菊池氏は1987年4月生まれ。神奈川で不動産の営業マンをしていたが、その仕事を辞めたタイミングで母の故郷、福島にある「焼肉 誠」で店長を務める知人から「店を手伝ってほしい」と頼まれ同店で働くようになった。

 

DEEPの斎藤社長はかねがね多店化したいと考えそのタイミングをうかがっていた。そこで菊池氏が「羊肉の店をやりたい」と申し出たところ、斎藤社長が動いてくれた。

 

菊池氏はスーパーで販売している羊肉を食べた経験があり、かねがね“おいしい肉”と思っていた。その食味に改めて感動したのは「焼肉 誠」で仕事をするようになってから。ある日、肉の納品業者からチルドの肩ロースを「安くするから買ってほしい」と頼まれた。それをまかないで食べたところ抜群においしく感じた。

 

その瞬間から、羊肉に対する興味が次々と湧いてきた。

「どこもかしこも“ジンギスカン食べ放題”なのはなぜか」

「羊肉はなぜ牛のように産地をうたわないのか」

「焼肉 誠では福島牛をアピールしているが福島羊はないのか」

 

その「福島羊」を生育しているところが存在していることを知り、牧場を訪ねた。

このような羊肉に対するアイデアを斎藤社長に披露したところ、「菊池君がその気であれば、君に任せるよ」と決断し、駅近くという抜群の好立地に10坪ちょっと19席の店を与えてくれた。これがDEEPにとっての2号店となる「ジンギスカン 誠 福島店」である。2015年12月のことであった。

 

当時、羊肉の調理を解説する書籍はなくフランス料理の片隅にある程度だった。そこで羊のさばき方は独学で覚えた。解体方法については地元福島の屠場に行って、白衣を着て見学させてもらった。

店舗の入り口近くに冷蔵庫を置いて、使用する羊肉がお客に見えるようにしている

国産羊肉を求めるお客が増える

オープン当初はオーストラリア産を使用した。お客が増えるようになった3カ月後、福島産の羊肉を仕入れた。国産は一頭買いとなり、初めてさばいたときに半日を擁した。時間がかかると肉の状態が良いものではなくなるのでクーラーをつけて作業をした。

 

福島羊を生育している牧場で知己を得たのが東京で「羊SUNRISE」を営む関澤波留人氏である。『e店舗』シリーズの2021年7月29日付で紹介した羊肉レストランを営む人物だ。関澤氏は国内のさまざまな羊飼いの元を足しげく訪問していたが、この牧場もその中の一つであった。菊池氏と関澤氏は年齢が近いことから「君たちは知り合いか?」と牧場主から尋ねられた。それがきっかけで交流するようになった。

 

※羊SUNRISEオーナー関澤氏の記事はこちら→「羊肉愛」を募らせ、羊肉文化発信基地として認知される

 

さて、念願の羊肉レストランを任されたものの、斎藤社長が想定していたものは「羊肉料理=ジンギスカン=食べ放題」であった。当初はその意向に従っていたが、菊池氏が思い描くのは産地別の羊肉を用意してお客にその魅力を披露するレストラン。しばらくの間「ジンギスカン食べ放題」と「国内〇〇産の羊肉」が同居していたが、だんだんと国産の羊肉を求めてやってくるお客が大多数を占めるようになった。斎藤社長も、菊池氏の意向を認めるようになった。

 

菊池氏の店に行くと、菊池氏は目の前のお客に矢継ぎ早に語り掛けながら羊肉を焼く。人間は羊と共生し、羊とともに移住してきたこと、食べ物の漢字に「羊」の字が多い理由とか。菊池氏は「私はそもそも営業をしていたので、お客様に語り掛けることが仕事だった。語り掛けるたくさんの話題には『また来てください』という思いをのせている」と話すが、この独特のパフォーマンスが「ジンギスカン 誠 福島店」を繁盛店に押し上げた。

カウンター席に座るとキッチンにいる従業員が対面で羊肉の話題を語ってくれる

 

「スタッフに言っていることですが、人間の味覚は忘れやすいもの。昨日食べたものの感想を言える人はほとんどいない。そこで私の店に来たときには、店で体験したことを思い出すきっかけをつくろうと考えた。羊の情報を少しでも多くお客様に伝えることで、例えば『ホゲット』(ラムとマトンの中間の状態)と思い出したことがきっかけとなり、おいしい羊肉料理の体験を思い出す。それが再来店のきっかけとなり、友人を連れてくる」

「国産のホゲット盛り合わせ」130g。上から時計回りで「ロース」「モモ」「ランプ」「カルビ」

「オーストラリア産で売っていた時はアルコールも含めて4000円程度の店だったが、国産を入れるようになってから6000円、7000円と上がっていった」(菊池氏)というが、菊池氏の話術のパフォーマンスは同店のブランディングとなった。お客にとっては国産の羊肉を話術とともに楽しむ店となった。

 

「ジンギスカン 慶彦」はDEEPにとって東京進出の足掛かりとして計画された。物件を契約したのは2020年の3月で、そこからいきなりコロナ禍となったが、その前に店づくりに必要なものの多くは準備していた。緊急事態宣言もあり工事はままならなかったが、6月にオープンすることができた。

排煙はテーブルに固定された焼き台の横に吸気式の設備で行われる

店名の「慶彦」(よしひこ)とは、元広島東洋カープの高橋慶彦氏に由来している。高橋氏が福島の民放でテレビCMに出ていたことをきっかけに、斎藤社長は高橋氏との知己を得た。そこで新規に出店するホルモン料理店に高橋氏にあやかり「ホルモン慶彦」という店名にした。高橋氏はファンを大切にする人物で「高橋慶彦デー」を設けるとその日に多くの高橋慶彦ファンが訪れて、高橋氏はファンの人たちをもてなす。

 

このような背景があり東京進出の店名にも「慶彦」をつけた。同店では月に1回以上は「高橋慶彦デー」を設けるようにして、その日を事前に公表すると店は予約でいっぱいになるという。

 

「慶彦」の独特なロゴも記憶に残る

話術のパフォーマンスは一層磨きがかかっている。従業員は菊池氏以外に11人存在(うち社員3人)することから、話術は菊池氏の背中を見て覚える形ではなく、羊肉の特徴、産地の情報、羊飼いの思いなど、これらを覚えるための自分たちでつくったノートを常備してあり、ポイントをまとめた紙をキッチンの随所に掲示している。話術を覚えたての従業員はこれらの様子が「夢に出てくる」状態だという。

 

お客は予約が半分で、当日予約が多い。常連客が8割を占め、一見さんも常連客からの紹介がほとんどだ。このように従業員と常連客とのつながりが濃い。菊池氏は「店の電話よりも、自分の携帯電話が常連客からの連絡で鳴ることが重要」という。そういう意味では、店が一等立地にある必要はない。同店は駅前のロータリーに面しているが、オフィスビルの地下1階にあり、隠れ家的な存在であるのにもかかわらずこのような店の状態を保っている。客単価は8000円から1万円。

 

東京での2号店「ジンギスカンYOSHIHIKO 麻布十番店」が2021年12月10 日にソフトオープンし、18日にグランドオープンした。羊肉に魅入られて羊肉料理店の開業を社長に進言、独学で羊肉のさばき方から、お客へのアピールの仕方を体得した菊池氏の活躍のステージが広がっている。

 

店舗情報

店舗名 ジンギスカン 慶彦
エリア 大森
URL https://jingisukan-yoshihiko-omori.com/

運営企業情報

企業名 株式会社DEEP
URL https://kk-deep.com/

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